特技としては

間違いない孤独習慣を

好きなのかと自問すると

歯切れの悪い反応


努力の切っ掛けは

一人になりたいだった少年時代


一人っ子として生まれ

両親の離婚と共に

いとこの家へ転がり込んで

集団生活を体験し

最果ての雪国の山の中で

育った影響なのか

一人の都合の良さを自覚したのは

比較的幼い頃だった


嘘をついても

大概はバレない

自分さえ誰にも言わなければ

こんなに簡単な事は無い


一人っ子で

留守番をしていて

サボればすぐにバレてしまい

母親に怒られ続け

なぜバレるのか分からずに

ひたすら怯えた3歳児も

状況把握の能力を獲得すると

ある日突然そうだったのか!と

理解してからは

この便利な状況を

利用せずにはいられなくなった


子ども同士の秘密共有は

ほぼ確実にその相手の漏洩によって

大人にバレてしまうから

自然と誰かと行動するのが嫌になった


住宅街での暮らしで体験した

その感覚そのまま最果ての山奥へ移住して

そもそも人がいないから

嘘なんかつかなくても

誰の目にも触れ無いのに

その状況の変化に気が付かずに

ひたすら隠れて遊んでいた


たとえば母親が

畑の草取りをしている所へ

見つからないように近づくという

一人ダルマさんが転んだとか

牛小屋で父親が作業を始める前に

予め隠れて待っていて

見つからないようにする

一人かくれんぼをして遊ぶのが

幼い自分には当たり前の日々


そんな家から

数十人が集う保育所へ行くと

お気に入りの遊び道具を

誰かと取り合う争いに巻き込まれ

誰かと一緒にいる事が面倒に感じた


極めつけは

入学した小学校には

同学年のクラスメイトはおらず

一つ年上の

クラスメイト二人も

授業があるからと

入学当初の下校が一人で始まり

途中から一緒に帰るようになって

自由がなくなった気がした


記憶は曖昧で

それが事実なのかも分からない

ただその下校途中の時間が

楽しかった記憶は無い


2年生の終わりと共に

小学校が廃校になり一番近くの

小学校へと転校したけれど


子供の足では

歩いて通える距離でも無く

朝はスクールバスで登校して

同じ小学校から転校した生徒の中で

一人だけ低学年だったおかげで

下校時間が早かった為に

自治体が用意してくれた車で

自宅まで送り届けてもらい


その特別扱いを他の生徒達が見て

どこぞの金持ちと勘違いされ

異常に持て囃されてまた面倒になり

校舎内の一人になれる場所を

探し始めた頃には

もう孤独が当たり前になっていた


大人になってからも

その感覚のまま

無意識に一人になれる場所を

探してしまう始末


だから一人暮らしという

環境を手にしてからは

その環境を失いたくない一心で

たとえ命を奪われても

その環境だけは守りたいと

必死に耐え忍んだのが青年時代


寂しさがない訳じゃ無い

旅先のホテルの部屋で過ごす時には

これは寂しさなのかと不安になり

確信の無いまま自宅へ戻ると

すぐに忘れてしまうくらい


苦しい辛い痛い怖い

そんな負の感情に覆われると

ますます一人になりたくなる


他者へ弱みを見せたくないし

どうするべきなのか

その対策を考える時には

感覚を研ぎ澄まして 

浮かび上がるその思いを

捕まえなければならないから

誰かの感覚で何か一言でも

言われるだけで見失ってしまうから

苦しい時は一人で耐えたい


だから努力の目的地は

いつもひとりになる為だった


出来ない事が

出来るようになる度に

他者との関わりを捨てられる

そうやって一人の時間を増やす為に

必死に努力をして来た


そうは言っても

大したものは手にしていないけれど


ただ目標を達成した時の

喜びには必ず孤独な時間が

プラスαの特典として与えられて

その成功体験のせいなのか

転職するたびに

その会社を辞める事が目標になり

大抵は経済的に

退職可能な状況になるまでは

我慢を強いて耐え忍び

必ず最後にショーシャンク状態を作り出す

そんな不毛な活動を繰り返すのが

当たり前だった


社会変容のおかげで

転職しやすい時代に変わると

水を得た魚のように

あちこちの会社を渡り歩いても

結局どこへ行っても

大差がない事に気づいて


およげたいやきくんみたいだなどと

自分の事を笑いなから

海の底を泳ぐように転職しまくると

嫌な奴とか仕事しない奴といった

不味い型で焼かれたような同僚達ばかりで

自分がたいやきにも

なれていない事が可笑しかった


たしかにたいやきは

毎日量産されるから一人じゃない

毎日焼いている方が孤独なのだ

だったら店で焼くほうが良いのではと

思い始めて幾年月


今ではそれが講じて

毎日同じ時間に出勤して

毎日同じ場所を同じように掃除をして

毎日同じ時間に帰宅をするという

そんな暮らしている

そしてそれが性に合っている


この一年の

他者との会話時間を合計しても

おそらく一時間ほどという

夢のような生活環境を手にしても

どこか物足りないから

未だに泳ぐたいやきくんを

噛み切れてはないのかもしれないなどと

歯切れの悪い終わり方

感覚に溺れるとこうなるのだろう