そんなのは覚えていない

どうしようかと

恐れ慄いた記憶はあっても

どう乗り越えたのか

一番大事な物事は大抵忘れる


だって問題ないのだから

それで良いじゃんってなるだけだからね


良い例が

夏休み明けの宿題提出

たしか小学校の5年生の時の

担任教師が怖くて

それまでも大概忘れたと言って

怒られるのが通例だったから


その担任には

夏休み前にこっ酷く

忘れたら覚悟をしろと脅され

真には受けたけれど

そんなの次の日にはきれいに

忘れるのが馬鹿なのよ


結果として

夏休みの最終日に

終わらずに自殺を考えた

どうせ明日殺されるのなら

今死んでも同じだと


両親が寝静まった後に

台所から包丁を

自分の部屋へと持って行き

切腹しようと試みた


今にして思えば

自殺イコール切腹だと

なぜ思い込んだのか不思議だけれど

その時は担任の脅しを

真に受けて恐ろしくなり

本当に刃先を腹へと突き立てて


その刃先の感触が

体中を駆け巡り

忠臣蔵の浅野内匠頭が

腹を切る時のイメージが浮かび

解釈がいないと苦しむなどと

本気で怖くなり

自殺は無理だと悟った


担任に怒られる事を選んだ後

包丁を台所へ戻し部屋へ戻ると

不思議とストンと寝落ちして

朝までぐっすり眠れた


担任にどんな罰を受けるのか

ビクビクしながら登校し

ドキドキしながら宿題を忘れたと伝えると

案外とあっさり明日持って来いと言われ

あれッ殴られないの?と拍子抜け


怒鳴りもしないから

なぁんだビビッて損したくらいに

思ったあたりで記憶は途絶えて

当然次の日までに

終わる量では無いのだから

また怒られたはずなのに

まったく覚えていない


結局どうやって

提出したのかという成功例は

綺麗さっぱり忘れて

しかもおそらく

それほど怒られもしなかった


だって嫌いな人に怒鳴られたら

絶対に忘れない性格なのに

まったく覚えていないのだから

多分怒られもしなかったのだろう


そんな結果の出来事で

自殺を本気で考え

実際に刃先を腹へと突き立てるという

行動をあの時起こして

あの感触の先の痛みには 

到底耐えられそうにないと

思い込んでからというもの


その出来事以上に

辛く苦しい想像をしても

決して死のうとは

思えなくなったのだから

その感覚が人生最大の

儲けものだったかもしれない


方法はいくらでもあった

首吊りでも飛び降りでも良い

何なら死ななくても

家出をしても良かったのに

なぜか切腹一択だった


その当時の馬鹿さのおかげで

それ以降の人生の氷河期を

生き続けることが出来たのだから

ある意味奇跡の出来事だったという

馬鹿みたいに美化された成功例