体は思う様に動かず

派遣元の担当者に

いくら主任の悪評を吹き込んでも

誰も助けには来てくれない


おかしい

それまでなら運営会社の担当者も

話を聞いてくれたし

何ならそこで上手く手なづけてしまえば

現場の責任者など

いくらでも追い出せたのに


そんな心の声が

聞こえてきそうな涙だった


手足をもがれた

バッタのように身動きも取れず

もはや意地だけでは

どうにもならない現実を

どんな気持ちで

過ごしていたのだろう


週に三回出勤して

泣きながら悪態をつき

賄賂の菓子パンを配って

帰って行くという

そんな大魔王の勤務生活も

そう長くは続かなかった


ある日の朝

控室で座り込む彼女の姿を見て

具合が悪いなら帰って良いよ

そう言ったら

ごめん帰るわと一言だけ


エッ言い返さないの?と

驚きながら

治るまで休んで良い事と

それまでは連絡もいらないと伝え

お大事にと言ったかどうか

記憶が定かではないが

ただその背中だけは

扉が閉まるまで見送ったのは

はっきりと覚えている


それから一週間ほどして

派遣元の担当者から連絡が入り

彼女が亡くなったと知った

連絡がつかなくて

親族が部屋の中へ入った時には

もう遅かったらしい


それまでも

歩き出して五分もしないうちに

ゼィゼィと苦しそうにするのだから

かなり弱っていたはずで


最初の頃は心配で

派遣元の担当者へも

気もつけて上げてと何度も話したから

連絡がつかなくなってから

親族へ連絡するという決断は

早かったらしく

その心配は現実となった


職場である以上

その場所では労働を

提供しなければならない

それはホワイトカラーでも

ブルーカラーでも同じ


我々は清掃作業を

提供するのが義務だから

それは年齢を問わず

責任を果たすようにただ伝え続けただけ

それが主任という立場の義務だから

どんなに反発や同情を誘われても

ただ機械的に繰り返し求め続けただけ


何も間違ってはいない

むしろ大魔王が私に対してした事や

運営会社や派遣元の担当者を

通して脅して来た事の方が

遥かに大きな悪行とも感じる


けれども人の死というのは

何とも言えない罪悪感を

気色の悪いその感覚を心の中に

覚醒させてしまうようで

まるで自分が殺したかのように

感じて責めてしまった


その感覚の名残りなのか

あれからどれほどの月日が流れても

大魔王が死んだあの日のように

真夏の暑い日になると

何となく思い出してしまう


健康診断で空腹時の血糖値が高いと

医者から指摘される度に

大魔王の菓子パン攻撃を思い出し

これは彼女を殺した呪いだと思って

受け容れるようになってしまった


あれから数年経っても

未だに大魔王に勝てない自分を

今では少しだけ

好きだと思えるようになったが

なかなか血糖値は下がらない


未だにこの呪いから

解放される為の戦いが続き

苦戦を強いられている

まったく厄介な呪いだと思うほど

大魔王の凄さを思い知る


ただ奴は知らない

この血糖値の高さへの恐怖心が

ダイエットに役立つ事を


私が長生きすればするほど

おそらく彼女とのあの日々を

思い出話として使い回し

繰り返し笑う事を


そして

そんな未来も悪くはないと思いながら

こうして暮らしている事も

大魔王は知る由もない


おそらくお互いが

それぞれの世の中で

勝利の美酒に

酔いしれているに違いないと

思い込みながら酩酊し

夏の夜空へ向けて

盃を捧げる仕草をしてみる


憎み切れない

あの大魔王には

おそらくいつまで経っても

完敗だと駄洒落て遊ぶ