大魔王は長年連れ添った

かどうかは知らないが

前年に旦那さんに先立たれて

アパートで

一人暮らしをしていた


そこには長く住んで居たらしく

とても愛着が強いようだった


しかし現実とは

いつも無愛想に自然の流れを

押し突きつけてくるもので


要するに古い建物を

大家が売りに出して

その買い手の不動産屋が

新しく立て直すから

管理会社を通して引っ越すように

通知して来たらしい


大魔王も最初はどえらい剣幕で

怒っていたけれど

とうとう抗い切れずに

引っ越しを余儀なくされ

これほど変わるのかというくらいに

落ち込んでしまった


それまでの嫌がらせが

嘘のように無くなったのだ


それまでの劣勢から

私も反撃に転じて

作業が出来ないのだからと

運営会社や派遣元の担当者へ

大魔王を退職させて欲しいと願い出ては

それは出来ないと跳ね返され


それならば

勤務する時間を短くしてくれと

妥協案を提示した


そもそも八十代の高齢者に

4時間歩き続けろと言う方の身になってくれ

まともに動けないのを知っていて

作業をしろと言うのは

とてつもなく心苦しいのだ


しかし立場上

言わざるを得ない

他も八十代や七十代の作業員ばかりで

みんなしんどい作業を

受け入れて踏ん張っているのに

一人だけ特別扱いは出来ない


みんなに示しがつかないし

全員に作業をボイコットされても

現場が立ち行かなくなるのだから

個人的な感情以上に

職場全体のバランスを考えての

その提案は受け入れられた


それまでの4時間勤務から

2時間勤務へと変更し

もう半ば散歩のような感覚で

出勤して過ごしてもらい

作業員としては数えない事にした


大魔王も口では

反発していたけれど

程なくしてその時短勤務を

受け入れてくれた


不思議と誰も

その不可思議な大魔王の勤務形態に

不満を言う作業員は現れなかった


大魔王の特権が奪われ

それまでの尊大な態度も無くなり

余計に老いぼれて見えた


それまではシャンと

背筋を伸ばし

理屈は合わなくても

常に力強く反発して来たのに

それからの大魔王は

私の顔を見る度に

涙を流して泣くようになった


それでも毎回出勤する度に

泣きながらそれまでと同じように

菓子パンを差し出し続けられて

それが一番苦しい時期だった