たとえば好きな誰かと抱き合う
その幸福感はいくらだろうか
基本的に貨幣に
価値を抱くのは人だけだ
光るコインを集める
そんな鴉はいるかも知れないが
おそらく紙幣は
ビリビリ引き裂かれにされて
寝床の一部にされるだけ
しかし彼等にだって
おそらく幸福感は味わえる
要は満たされれば良いのだから
喰う寝る遊ぶが満たされてしまえば
幸せには人で無くても
おそらくなれるのだろう
資本主義や自由主義とは
平等に与えられたチャンスを活かして
好きなように貨幣という
価値の証明票を集めて
それと引き換えに
何かしらの欲求を満たす
共産主義や権威主義に
置き換えるとどうだろうか
極端に言えば一部は全部
国の一部である国民のすべては
国のものであり国民全員の共有資産
貨幣に限らず
才能も土地も空間も思想も
すべてが共有された世界
その価値観を受け容れられない
そんな人も多いだろうし
社会主義や共産主義を唱えている
どこの国でも完全ではないのだろう
けれどもその価値観に
満足している人も確かにいるはずで
それは資本主義や
自由主義でも同じだろうか
おそらくどこの国で生まれたとか
そもそも人して生まれなくても最強なのは
その環境を受け容れる柔軟性を持つ事
ただ何となくこれが良いと
そう思う方へと流れるだけで
幸福感は手に入るのだろうから
その流れを堰き止め無ければ
良いのだから何も難しい事も無い
腹が減れば喰い
眠ければ眠り
退屈なら遊べば良い
個人的には動物よりも
人のほうが便利だと思う
動物とりわけ野生動物達は
その3つすら
簡単には満せない
腹が減ったからと言って
必ず食事が出来る保証はないし
寝ている間に襲われたりもするし
そんな危険と隣合わせな暮らしは
そもそも落ち着かない
ただ遊びだけは
どうにかなりそうだろうか
たとえば狩りや
採集といったものを融合した生活感は
毎日同じ場所の掃除をするだけで
満たされてしまう自分の生活を振り返ると
一石二鳥のような気もして
親近感を抱いてしまうけれど
一日中歩きながら
どこかしらの掃除をすると
本当にジワジワと身体の疲れを
ゆっくりと確実に感じ
毎日同じ場所を同じ順序で
同じ作業を進めていても疲れ方は毎日違う
ただ単純に出勤前に
筋トレをする日はしない日より疲れるし
筋トレしない日は楽になり
何より一日という時間の感じ方が
3倍速くらいの感覚で終わる
その毎日変わる
身体の感覚を味わいながら
結局家に帰ると疲れきっていて
ベッドに入りホッとする
この幸福感は
おそらくどんな動物でも
味わっているのではないか
この世の中には
24H戦える人もいるらしいが
私のような無気力人間は
毎夜落ち着いて眠れる事が
何よりも幸せなのだ
おそらく野生動物でも
味わえる幸福感を手にする為に
証明票を必要とするのは
人だけだと思うと
なんと面倒な種族なのだと思う
毎日汚れもしない
その場所の埃を払い
掃除機をかける
その動作を野生動物達が見ると
まるで一人で盆踊りでも
踊るように見えるかもしれない
たしかに一週間も
その作業をサボれば
埃が溜まり汚く見えるかもしれないが
そもそもサボるほど辛くもないから
毎日適当に踊るだけで
お金という証明票を貰い
幸福感を味わう為の衣食住を
手に入れるというのは
なんとも白々しいとは思わないだろうか
ただ必要な事をするだけで
必要なものを手にして幸福感に包まれる
そんな野生の動物達の生活のほうが
分かりやすくて良いが
野生で落ちぶれたら生きて行けないから
やっぱり人に生まれて運が良かった
ニートだろうが
引きこもり仙人だろうが
どんなに落第し続けても
社会の恩恵は降り注ぐ
究極貧乏超人からすると
スーパーマーケットへ行き
マイナンバーカードでお買い物
お支払いはどこぞの自治体へお願いして
不二子ちゃん気分で暮らしたい
クウネルアソブさえ
提供して貰えれば何も困らないのが
究極貧乏超人の強みなのだから
最低賃金時給1500円などと
ケチな事を言わずに
生活費そのものをフリーにして
求める時だけ労働を提供して
お金をゲットして証明票を手を入れる
そんな便利なシステムライフに
早くならないかと心の底から願う
無気力な究極貧乏超人の暮らしでは
幸福感に値札はいらない