幼い頃に願った事は
大概叶っている
それ自体が
夢のない子供だった証拠であり
おそらくあの頃から
現実主義だったに違いない
そもそもあの頃は現実が
ファンタジーみたいな環境で
今思えばテレビドラマのほうが
現実的に見えていたくらい
高校卒業間近に
期せずして家を出ろと親に言われ
働きたくない一心で
都会の専門学校へ進学して
一人暮らしの快適さを知り
思えばそれからずっと
要らないものを捨て続けて
今に至っている
アパートで1人
暗い夜を過ごすのに慣れるのには
少し時間がかかったけれど
慣れると誰にも邪魔されない
一人暮らしは快適だった
炊事洗濯は確かに面倒臭いけれど
自分のテリトリーに他の人に入り込まれるのが
嫌いだったから
慣れれば気にならなくなったし
その感覚のまま一日が過ごせるだろうと
思い込んで清掃員になった
快適な職場では無かったし
扱いも酷いから
はじめのうちは辞めたくて仕方なかったけれど
そのやる気の無さを責められて
「お前の替えなんかいくらでも居るぞ」と
脅されて怖くなり怖気づいては
仕方無しに続けているうちに
馬鹿にされる事にも慣れて
替わりがいるならいつ辞めても迷惑にならない
その気楽さが気に入った
少年時代を過ごした80年代は
とにかく明るい時代で
テレビを見れば現実に戻れ
目の前の生活が異世界感に溢れていて
いつか元の場所へ帰りたいと
何となく思いながら過ごしていた
テレビのスイッチは
押さずに引くタイプだった
チャンネルを変える為に
つまみをガチャガチャ回した
田舎だったせいなのか
Dr.スランプとドラえもんの
放送局が自宅で観れなくて
アニメや漫画の趣味が
一度別れて再会したクラスメイト達と
噛み合わずに
もうその頃から一人が好きだった
一人で過ごす事に違和感が無いから
ただ好きな事に集中しては
知らない間に周りから浮いた存在になった
ビデオも無いから
番組は常にリアタイしかない
もしくは再放送だけれど
コントロール出来ないから
その一回を見逃すのが悔しくて
仕方なかった
いつでも好きな時に
見たいものを見れるようにと
願い続けていた
専門学校を半年と経たずに辞めて
その時働いていたバイト先で
フルタイムにしてもらい
フリーター人生が幕を開けた
もうその時には
年金も納めていなかったから
老後の年金生活という選択肢は
はじめから無かった
けれども健康保険だけは病気が
怖いから払い続けていた
あれから三十年
入院するような怪我も病気もせず
健康だけが取り柄のような過去だったから
ちょっとその選択間違いが恨めしいが
その頃は歯磨きすらしない
堕落し切った人間だったものだから
ある日突然
歯がグラグラし始めて
怖くなって歯医者へ行ったら
歯槽膿漏だと言われ愕然とした
その治療の為にしばらく通っていたから
そのおかげなのか健康保険証の大切さを学び
それ以来何の疑問も無く払い続けている
流石にその頃には
リモコン付きのテレビとビデオはあったけれど
音楽はCDなんて買うのは勿体し
映画なんて無理だからレンタルしていた
借りもしないのに棚のタイトル鑑賞するのが
趣味で調子の良い時なら
本屋の背表紙鑑賞へとハシゴして
時間を潰していた
そのうちに100円レンタルなんていうのが
始まり待てばその内都合の良い事が起こるのだと
思い込むようになり
ますます堕落への道を馬鹿まっしぐら
自分でもあの頃を
よく生き延びれたものだと感心してしまう
スマホも無く
友人どころか人付き合いすらないから
情報収集はテレビ一択
最近の報道のちぐはぐさを知ると
そりゃ人生上手くいく理由ゃないと
思うくらいテレビ番組の影響しか
受けなかったから行ったこともないのに
インチキな関西弁を話す始末
平成のスーパースターが
24時間テレビに出演する毎に
飼い主のような社長に
「彼等を見てみろ
あれだけ成功しても寝ずに働いているんだぞ
それに比べてお前はなんだ
少しは彼等を見習って死ぬ気で働け」と
ハッパを掛けられホントに死にそうになった
殺るか殺られるかの
二択を迫られて仕方なく逃げた
途方には暮れても
やる事がはっきりしたから
とにかく履歴書と情報誌を買い
応募するところまでは
勢いで何とかなり
運良く採用されたから
案外チョロいと思うあたりが
馬鹿だけれどおそらく
その切り替えの良さがなければ
人生のどこを切り取って取り出しても
死んでいただろうから
ある意味では
この感性が安全装置だったのかもしれない
殺るか殺られるかの
選択を迫られた時にやっちゃったら
もう犯罪者だからと思って
とにかく腹が立つたびに
その場から逃げ出した
無能が犯罪者になったらどうにもならなくなると
無意識の恐怖がその一線を越えないようにと
コントロールしていたのかもしれない
地デジだなんだと騒ぎ出して
仕方無くブラウン管を捨てて買い替えた
テレビとブルーレイを買った時は
清水の舞台から飛び降りた気持ちになったのに
2カ月後にはパソコンを買い
なんだか人間に近づいた気がして
少し気持ちが重くなった
あれほどタイピングを練習して
なんとか形になったからと
思い切って転職したら
案外とみんな出来ないから
また周りから浮いてしまい笑った
しかし会社とは
これほど役割を押し付け合う場所なのかと
思うくらい現場作業に駆り出されたから
それなら作業だけのほうが楽だと思い
また作業員に戻り
パソコン要らずな毎日の中でも
収入が上がり始め
スマホの料金体系が落ち着いてからは
砂漠のお花畑にいる気分になり
今に至り思うのは
夢などいらないという事
生きて来た道のりが
夢見心地のアドベンチャー
それを振り返る事ほど
楽しい事は無い
80年代の
社会の明るい雰囲気に包まれて
何も考えず馬鹿まっしぐらに
ただ生き永らえて来ただけの人生
それでも列車から見える
車窓を流れる景色のように
現実は常に移り変わり
いつでもどこでも
好きな時に好きなものをみたいという
願いがスマホの登場と
その料金体系がマッチングした
この現実では実現している
本屋やレンタルビデオ店には
もうほとんど行かなくなったけれど
スマホのアプリを開いては
どれを見ようかと物色する癖は
今も変わらず残り
これまでの現実を
まるでおとぎ話のように感じながら
なんの気なしに書く文章を
後になって読み返しながら
社会変容の前後とは
こういうものなのかと東京見物でもするように
明治維新やらフランス革命に
思いを馳せては
社会の面白さに酔いしれている
何も目指さず
夢や目標など無くても
ただ馬鹿まっしぐらに暮らしただけで
あの頃に願った事は叶っている
おそらくこれからの未来には
人一人に求められる事が
これまでよりも少なくなるから
こんな人間が増えるのかもしれない