平日に美容室へ行くと
仕事帰りかと聞かれ「そうだ」と答えると
職業柄なのか美容師とは
客のファッションや持ち物に
目が行くらしく「TUMIのカバン素敵ですね」と
褒められて恥ずかしくなる
トゥモローランドのマフラーと
ウールリッチのダウンコートを脱ぐと
ポール・スミスのネルシャツに
ラルフローレンのコーデュロイパンツという
カジュアルファッション
カバンと上着を一緒に預け
椅子に座わり鏡越しに「どうしますか」と
髪を触られながら質問してくるから
「長めでお願いします」と伝えると
「分かりました」と答えるこの美容師に
もう何年も髪を切って貰っている
「髪を切りたいのに長めってどういうこと?」
自分でも答えが分からないのに
なぜかいつも分かってくれるすごい人なのだ
しかも毎回仕上がると
「なるほど」と納得する出来栄
もう何年も通うその美容室
なにせこちらは対面恐怖症で
しかも美容師という
お洒落人などとまともに話せる訳が無い
この店を選ぶ理由は
タブレットで動画を観れて
会話をシャットアウト出来るからだ
最初の一、二年はその美容師も
無言で切っていたのだが
どうにも人というのは
見慣れてくると親近感を抱くようで
いつの頃からかポツリポツリと
話しかけて来るようになった
大概は邪険にして
会話を終わらせるのだけれど
世間話で嘘をつく事も無いかと思い
職業を聞かれて清掃作業員だと答えたら
ギョッとして黙ってしまった
特にコロナ禍の時から
よく行く古着屋で扱う洋服の
品質が良くなり
聞いたことのあるブランドの
洋服も安価で売られるようになった
そのおかげで上から下まで
春夏秋冬のお洒落なファッションアイテムが
手に入りやすくなった
長い物なら二十年以上は
着続けている洋服に合わせて
新たなコーディネートをする為に
いろいろと古着を購入しては
一人で悦に浸るのが趣味で
古着屋で扱う品物の質が向上した事によって
必然的に身なりが整い
何度話してもその美容師に
職業を信じて貰えないのである
たしかに購入するときに
見た目が気に入って
中古にしては高いと思いながら
検索してみると新品だと
10万円以上する品物が
十分の一の値段もしないで売っているのだから
これはお得だと買い漁り
それなりに知られた
ブランド品ばかりを着て
いつも美容室に行くものだから
勘違いされても仕方が無い
ただ心が痛いだけだ
平日の夕方
5時前に美容室へ来る
ブランド品を身に纏う四十代の男性
たしかにお金は持っていそうだけれど
違います持ってません
何度となく清掃員だと
伝えるけれど疑いの眼差しを向けられ
「またまたぁ」みたいな対応をされるたびに
心の中で「それそんなに高くないのよ」と
無言の言い訳を繰り返す
面白いことに
「こんなに中身がパンパンなのに軽いですね」
などと言われ
「最近のパソコンは軽くなりましたよねぇ」
とまた勘違いをされる始末
けれども一方で
そのちょっとしたセレブ感が気持ち良く
完全否定をしないのが馬鹿な証拠で
「MacBookですか?」と聞かれ
ニヒルに微笑みながら
「中身はサウナ用のタオルと水筒です」と
伝えるとなぜか「なるほどぉ」と納得されて
それはどういった類の
「なるほどぉ」なのだろうと
逆に困惑させられ余計に無言になる私
美容師が切り終えた
そのヘアスタイルを鏡越しに見ると
金持ち風な仕上りで
なんかちょっとリッチな気分
この姿を呼び水に
大金が転がり込んで欲しいと
妄想しながら帰るのが幸せ