当たり前ではあるのだが

目の前の壁を越える能力のない者は

その向こう側を知る事は出来ない


だからこそきっと向こう側では 

鬼の形相で銃口を

こちらに向けていると思い込むと

負けてなるものかお返しとばかりに

こちらも鬼の形相で

銃を構えなければならないと

思い込んでしまう


その壁を透明なものに

置き換えてみるとどうなるだろうか


たとえばTVショーや

動画配信などのカメラを

透明な壁として利用すると

あちら側が見渡せるようになり

またこちら側も

見てもらえるようになる


赤道直下から南北の極地

絶海の孤島や山脈の頂

あらゆる困難という壁に囲まれた場所で

暮らす人々の生活は

確かに自分の暮らす環境とは違う


けれども彼等もまた

同じ生物であり動物であり

人間だから

自分の暮らしに必要な物は

おそらく全部持っている


こうして今

手にしている幸せは

おそらく彼等も

享受しているはずだし

苦しみや悲しみ

憎しみや恐れ

積み重ねて来た歴史だって

お互いにあるはずなんだ


平和な暮らしなんて

もうみんなが持っている


あらゆる壁を透明にすると

見えなかった向こう側が見えるようになる


壁の向こうでは

こちらに銃口を向ける事もなく

みんな楽しく暮らしている

それが分かれば安心で

必要以上に警戒する事もない


どちら側にも罪を犯す者はいる

間接的にお互いの安心感を揺さぶろうと

企む者も確かにいるだろう


揺らいでも良いんだ

誰もが気持ちは落ち着けたほうが良いと

知っているけれど

それでも日常の不意な出来事に

一喜一憂してしまうのが

人なんだという事も知っているのだから

お互い許し合う事も出来るだろう


浮かんでは消える雲のように

人の気持ちは不確かで

掴みどころのないものだと

お互いに知っているのだから

透明な壁のこちら側とあちら側で

暇つぶしに鬼の形相を装って

にらめっこでもすれば良い


どちらが負けても

必ず最後に笑い合えるのだから

もう遮る壁も無くなり

銃口を向ける相手がいないと分かれば

ただ笑って暮らせそうなものだ


それを教訓にして学ぶと

その先が見えなければ

恐れるよりもまず見える場所まで

行く事の大切さに気づく


行って見て感じた時の

気持ちがおそらく答えなんだろう