プロパガンダの崩壊が招く未来では
至る所で対立の火が燃え上がるのだろうか
人間と定義出来る存在は
おそらくこれまでの時代では
ほんの一握りだった
貴族社会の全盛期はもちろん
現代においてもそう変わらない
自分で物事を考えるという事を
求められる時代になりつつある現実
それは出来る側の立場から見ると
自由で開かれたものに感じるけれど
その能力が無かったり
それをしたくない者にとっては
迷惑な話だ
イチイチ考え無ければならないし
他人と意見が対立すると
自分の考えを表明して
場合によっては
説明を求められる事もあるだろう
考える能力があって
自分の立ち位置や意見を自覚していても
それを表現しなければ他者には伝わらない
他者との関わりを求めない者にとっては
その行動をしたくないから
積極的に孤立を選ぶ
国政選挙の投票率が半分くらいなのは
そんな人達が一定数いるからだろう
選挙で選ばれた人が決めたルールに
従うと決めているから
わざわざ投票する必要がない
右へ行くと言われればそうするし
左と言われればそうする
学校をイメージすると分かりやすい
多くの生徒の信任を得た意見を
担任教師や学校そのものに伝え
妥当性が認められれば
校則すら変えることは可能だけれど
そこまでに至る時間と労力を
誰が支払うだろうか
そうまでして手に入れても
所詮三年しかその場所へは留まらないのに
数々の困難を乗り越えてまで
何かを成し遂げたいと思う人が
どれだけいるだろう
投票行為は権利であって
義務ではない
インチキ臭いマスコミの言葉でしか
情報がないから考えても仕方ない
もっと普段からどこかの党員になって
集会やら何やらで情報を集めて
この党の方針はどうとかを
比較検討したりしないと
何を基準に選べば良いのか分からない
でも面倒臭くてやらない
そもそも選挙結果の出る前から
アンケートを繰り返して
だいたいの予測が出まくっているから
わざわざ投票しなくても良いかと
思ってしまう始末
これまでの歴史を振り返ると
個人で動ける人のほうが少なかった
能力というよりも情報が無い
それを手に入れるには
何らかのチケットが必要で
多くの場合は資産を築いた上で
社交性を発揮させなければ
情報に触れる機会すらなかった
新聞やテレビや雑誌や色んな講演会など
情報を手に入れる機会は増えても
分析する能力がなければ
誰かの知恵を借りるしかない
多くの場合それは他人の
言葉を受け容れる事で
結局は誰かが右と言えば右だし
左と言えば左と吹聴する
さも自分の意見のように
自分より劣る相手に語るのは
意外と気持ちが良いものだから
ついつい語りすぎて
その自分の発する言葉に
自分も影響を受けて
ますます誰かの思想に凝り固まっていく
おそらくその図式は
もう何百年もの間変わっていない
常識や流行といった形で
大きな決断が実行されて来た
自分で考え選択をして
準備を整えたり
時には見切り発車をしたりして
行動するのが人間ならば
今現存する人口は何人だろう
多くの人間と呼ばれる存在は
国や組織に属して考えることもなく
さもそれが自分の意見のように
立ち居振る舞いながら
言われた通りに投票をしているに過ぎない
善悪ではなくて現実
今日に至るまで人間とは個人ではなく組織だった
国や会社
そもそも生まれた時から家族という組織で育ち
故郷の概念を植え付けられる
それが大きく育てば愛国心にもつながる
社会というゆりかごの中で
時には戦争という殺し合いもしながらも
人類は有能者を中心に組織を創り出し
戦いながら進歩して来たのが人類の歴史
ヒトと呼ばれる前から
集落を作り協力し合うことで
多種族との生存競争を勝ち抜き
自然の猛威をも跳ね返して来た経験が
おそらく遺伝子にも刻まれていて
能力の高い他者に頼れば何とかなると
生まれる前から知っているから
赤ん坊は泣くのだろう
ある程度の有能者が
情報を分析して選択をする訳だから
その情報を操れば自然に
思いのままの選択をさせる事が出来る
宗教や教育がそれを証明している
何らかの信頼さえ得てしまえば
毒親と呼ばれるような存在ですら
子供たちを洗脳してしまうくらいだから
自分で考えない個人の思考を
誘導するなんて事は
意外と簡単なのかもしれない
現に新聞やニュースを疑いやしない
疑いを持つ個人はいても
周りに同調者がいなければ打ち消されてしまう
メディアも上手いもので
真実と虚実を織り交ぜながら
発信するものだから
かなりの有能者でも騙されるし
有能であるが故に
自然とその情報の分析をして
体力を奪われるものだから
その行為の優先順位が低ければ
逆に情報を遠ざけてしまう
四十年も前なら
テレビをみたら頭が悪くなると言われたけれど
案外あれは本当だった
個人の日常の中で国レベルの選択を迫られても
あまり優先順位は高くない
もしも今
自衛隊を軍隊にするという議題が
国会で話し合われても
何となく反対するだけで
それ以上を考える人なんていないだろう
マスコミが情報を誘導して
その流れで選挙の結果が予測出来るなら
その未来の対策をすることのほうが
企業や団体には優先順位が高い
ましてや世界が大きく育った今日では
政府とは言っても所詮は県知事レベル
もしかすると世界相手ではもう市町村長レベルの
力しか持ち得ないかもしれない
だとすると総選挙の結果なんてどっちでも同じ
世界が右から右へ
左なら左に流れるしかない
情報気流が見えるなら
選択なんかしないで
自分の世界で遊んでいるに違いないし
そっちのほうが面白くて
対立なんてなくなるかもしれない