二歳を過ぎた頃に

母親に連れられて生まれた環境を去った

物心がついてはいなかったからなのか

その時の明確な記憶はない


思考力や心がなかったからなのか

おそらくそれを失ったとは感じていない


その後もいくつかの環境に

出会いと別れを繰り返しながら

物心が育ち始めた


明確に記憶に残った環境は

ある時に諦めという感覚の下に

もうあそこへは戻れない

失ってしまったのだと自覚が出来たから

幼い頃からずっと

その環境への思いが強かった


実家と呼ばれる場所は

それまでのどの環境とも違ったから

心を持ち始めたあやふやな記憶力でも

ハッキリとその違いを捉えられた


おそらく周りの大人に

帰りたいとせがんだ事もあるだろう

不憫に思ったからなのか

二年に一度くらい

失った環境へ行かせて貰えた


大人になって経済力を失い

精神的なゆとりも無かったからなのか

失ってしまった環境の事を

思い出す事も無くなってしまった


糸の切れた凧のように

風に流され地面に落ちて帆を失い

骨組みさえも朽ち果てた

そんな精神状態になっていた


森羅万象の流れの中で

無という状態が存在しない以上

何かが終わる事は

何かが始まるという合図で

一度朽ちた心の再生が

おそらくその頃に始まった


出来なかった事も反復練習をすると

やがては出来るようになるが

そもそも反復する回数が少なければ

出来るようになるまでの時間は

より多く回数をこなすよりも掛かってしまう


失ったものを取り戻すという思いが芽生え

どうすれば取り戻せるのかを考え始めた頃は

その生活の中での優先順位が低かったのか

ふとした瞬間に思いが込み上げる程度で

実際に行動を起こす事も無かった


今思えばそれ自体も

無自覚なストレスになっていたのかもしれない


生活にゆとりが生まれ

色んな事を考える時間に恵まれるようになり

ようやく自分の心と向き合った時

初めて優先順位のトップになる瞬間が生まれ

常に入れ替わるランキングだけれど

精神的なゆとりがあると

寄せては返す波のように何度も

取り戻したい衝動が

押し寄せて来るようになった


今現在の生活はおそらく生まれた環境で

過ごしていた頃に似ているのだと思う


元々が無責任な性格で

役割を与えられてしまうと

やらなければならないと思い過ぎて

それだけでストレスを感じるのか

心が消耗してしてしまうから

生活費が足りなくなるかもしれないけれど

ただの清掃作業員という

不安定ではあるけれど

比較的軽い責任しか負わない立場で

働く事を選んだ


改めて生活費が

いくら必要なのかを確認したり

自分の行動を振り返って

無駄な出費をあぶり出してみると

意外と少ない収入でも

暮らしていける事を知って

少しホッとしたおかげなのか

この軽やかな暮らしが

物心付く前の感覚を呼び覚ましてくれた


正確に言うとそんな気がしている

という事だけれども

ここ数年間

ずっと戻るべき場所を探して

自分の辿った道程を振り返って

時には実際にその場所へ足を運び

失くしたものは何なのか

取り戻したいものは何なのかを

自問しながら旅もした


その場所への

転勤や出張のある会社を選んで

入社したりして交通費をうかしたり

長期滞在したりして

何を求めているかを探していた


実際にその場所へ辿り着いても

何となくピンと来なかった

今にして思えば

その時の役割をこなしながら

慣れない場所で過ごしていたのだから

緊張もあったりして

そのストレスが心のピュアな部分を

包み隠していたのかもしれない


毎日同じ場所で

同じ作業を繰り返す日々

体力的にも耐えられて

何より何も考えずに

ただ作業を提供さえすれば

責任を果たせてしまう


こんな軽やかな気持ちで毎日を過ごすなんて

おそらく物心がつく前のそれしか知らない

ピュアな赤ん坊の時以来だから

まるで子供のように過ごせるこの毎日が

答えだったのかもしれない


この環境こそが

心の扉を開放する鍵だったのだと思う


旅をした時に

確かにその当時暮らしていた場所へは

辿り着いてはいたけれど

心が閉ざされたままだった

感覚を閉じ込めていたからピンと来なかった


社会には不適合で

一見惨めでだらしの無いこの人生も

ずっと探し求めていた宝物を見つける為には

必要なファクターだった

幼い子供のように誰かに守られて

その安心感の中で暮らす

そんな環境を作る事が必要だった


この環境を探していた

確かにあった感覚

誰も守ってはくれなかった

少なくともそう感じながら過ごしていた

でもあったはずなんだ

記憶には無くても体に刻まれた感覚


人が本を読むと書いて

体という文字になる


勝手な解釈だけれど

自分の記憶にも無い感覚も

体には記録されいる

その記録を読むためには

自分を信じ愛して

ひとつにならなければならない


他人を嫌い寄せ付けず

ひたすら内側に籠もっていた

探していた物心がつく前の感覚

それを見つけるためには

そうする事が近道だった

ずっと無意識は

これを目指して戦っていたんだ

それを外からの影響を受けた自分自身が

邪魔をしていただけだった


意識と無意識

あちらとこちらの自分

やっと心の内戦が終わる

ありがとう

この人生のすべての体験と存在に感謝する

ようやく始めて前へ踏み出せる時が来た