きっともっと

自分が何かに守られていることを

実感出来さえすれば

世界は平和になるんだろう


非正規の清掃作業員という底辺で

二十年以上も暮らしていると

社会の地殻変動とも言うべき変化を

目の当たりにするから分かり易い


公的機関が顧客なら所属している会社から

その顧客に守って貰えたりもする


どういうことかというと

会社は顧客から清掃作業を委託され

そのやり方や回数も予め決まっていて

ただその通りにやれば良い

その決まり事には作業員へ

支払われる給料の額まで指定してされていて

しかも本当に支払われたかどうかまで

確認する為に給与台帳みたいなものまで

委託会社は提出を求められる


清掃作業員なんて

自分で言うのもなんだけれど

頭の悪い人が多い

例えば生活費を稼がなくて良い

ニート崩れのフリーターや

脅せば黙る小心者ばかり

しかも意外と小金持ちの奥さまも多いから

あまりお金に執着しない人も多くて

生活費が欲しい者にとっては

かなりアウェイな環境で

昔は代わりはいくらでも湧いてくるから

使い捨てが当たり前だった


清掃員になりたての頃は

リストラの全盛時代で

どこぞの会社の「課長をしてました」

なんて人がよく同僚になっては消えを

繰り返していた


掃除と言っても肉体労働に変わりはなくて

しかも朝も昼も夜も関係なく

作業があれば駆り出され

仕事が無ければ出勤も無くなるから

生活費が足りなくなる

だからある時に稼がなければならず

仕方なく寝る間も惜しんで働いていたから

なかなか続けられる人が少なかった


若さと馬鹿さが無かったら

続けられなかった


小さい会社にはリストラされた

小賢しい人がたくさん入社して

使える人だけが残っていく

使えない人というのは

本当に何もできないかやらないかの

どちらかで

営業マンも持って来た顧客を

使い果てると辞めていった


社会保険に加入させられた頃は

支払いが増えるからと

断ったくらいアホだったから

無理矢理加入させられて

ずっと文句を言っていた始末


とうとう自分も耐えきれずに

その会社を飛び出した時が

人生最大のピンチだっただろうが

その後に入社した会社で

月給と有給休暇を手にした時は

こんな世界が本当にあったのかと

信じられなかった

ボーナスが支給された時は

明日死にぬんじゃないかと思うほど

運を使い果たした感に苛まれた


一般人には当たり前でも

失われた時代のフリーターには

テレビドラマや映画の世界に

迷い込んだような感覚で

いつもビクビクする始末


子供の頃には

いくらでも教育を受ける機会はあった

それを無駄にしていたのは自分だという

罪の意識の自覚があったから

どんな理不尽でもあえて受け入れたし

そのおかげで手にした物もあった


今では毎年最低賃金は上がり

その金額以上の募集もたくさんあるし

生活をするにはそれで十分だから

改めてフリーターになってみようとすら

思う始末の自分がいる


いろんなことが無償化されたり

減税するのも

できるだけ多く人に

助けられている感覚を

感じてほしいからじゃないか


決済方法を変えるだけで

ポイントが貰えて換金出来るし

条件を満たせば

いつも割引してくれるお店も

一つや2つじゃない

今の社会は

こんなにも優しさで溢れている

だからこそ

自制をしなければならないけれど

それが馬鹿者には難しい


大丈夫

落ち着いて


そう言ってくれる誰かが

そばに居れば

きっともっと

誰もが幸福感を味わえるのに

なぜか罵る言葉を発してしまう


言葉の力は大きくて

独り言でも背中を押されたり

膝から崩れ落ちたりする程

傷ついたりもする

ましてや他人の何気ない一言なんて

核ミサイル程の威力に感じてしまう人もいる


その言葉で何を感じて

どう行動するかは

その人次第だけれども

人によっては冗談のつもりでも

他の誰かにとっては

戦場に赴き

更には核ミサイルのスイッチすら

押すほどの衝撃になり得る事もある


他人の感覚など

分かりはしないからこそ

言葉を重ね合わせて

誤解をしないように気を付ける

出来る人はやっているけれど

知らない人には

ただの狂気にしか感じない


おそらくコミュ症人口が増えて

これくらいなら大丈夫という

経験則が間違っていて

平気で言葉を兵器にする人と

そうではない人が

同じ言葉を聞くとまったく捉え方が

違うなんてことが多発しているから

テロや戦争に発展してしまう


選挙という言葉にも

戦いを付け加えて

選挙戦という言葉でニュースは

報道している始末

より良い未来を選択するのが選挙で

戦いという捉え方はどうなんだろう


考え方の違う他政党を

罵り合うのが選挙では無くて

この地域や国や世界を

より良い方向へ導く政策はどっちかを

選択するだけのものなのに

強い言葉を不必要に使い

報道が拡散させて

限りなくゼロに近い割合の

その一人に

銃爪を引かせてしまう


好き嫌いはあって当たり前

嫌いな人には近づかない

落ち着いて話し合える者同士が

直接話せば良い

それは何も選挙や外交だけじゃない

普段付き合う人にも言える


嫌いなものは

どうしたって嫌いなんだから

近づかない

いじめも同じで

一方的に嫌うのが悪い訳じゃない

無理矢理同じ教室に閉じ込めるから

する方とされる方に分かれてしまう


最初から暴力を振るう人は

ほぼいない


大抵は無視から始まり

出て行ってくれないから

遠ざける言葉をぶつける

嫌いな相手と関わることで

余計に嫌いになって

エスカーレートしていく


関わるから怒りが湧いてくる

引き離せば何も起きないのに

教室で学ばなければならないという

縛りがなければ

どちらも傷つかないで済むのに

規則がそれを阻む


本質はより良い方向へ

進む事だから

その為に必要な事を選べば良いし

不必要なら捨てれば良い


目的を見失った

正義は悪にも勝る


おそらく誰もが平穏無事な毎日を

面白おかしく暮らしたいはずなのに

そうなっていないのには理由があって

その原因や発端は

ちょっとした言葉の習慣から

始まっているんだろう


悪戯心でついた嘘が

回り回って

今の現実があるのだとしたら

まずはそれを止めて

どうせ嘘なら

「明日は良いことあるよ」って

言われたほうが

きっともっと世界は平和になる