朝九時に地下鉄に乗ると
街の中心部へと向かう車内は混んでいる
一般社会人は
いつもこの時間に出勤するのだと
改めて自分の生活のニッチさに気づく
どこかのインテリ学者は
これからの時代は
ニッチが栄えるみたいな事を
言っていたような気がするが
「こちとら生まれた時からニッチに生きてんだよ」って
思わず突っ込んでしまったのを思い出す
負けるのが嫌だから
競争はしない
争う必要のない職業は
何か無いかと考えていたら
幼い頃に学校の先生が
「人が嫌がる事をしなさい」と
言っていたのを思い出した
掃除や整理整頓
見栄えを良くする事は
何も考えず
ただ自然にやっていた
それを誰かに
褒められた事を思い出した
掃除をサボるクラスメイトが
不思議だったし
トイレ掃除が罰なら
罪を犯しても良いとさえ思っていた
それが罰なの?
ありがとうみたいな感じ
バイトを解雇になって途方に暮れたあの日
たまたま観た火サスで
主要な登場人物が清掃員のおばさんだった
トイレ掃除や階段の
手摺を拭いているあの姿を見て
こんな事でお金が貰えるものなのかと思った
母親と変わらない
団塊世代の女性がやっている作業を
ジュニア世代の男がやれば
さぞや楽が出来るに違いない
そう思って始めた清掃作業員という職業が
こんなにも自分を助けてくれる
存在だったのだと
今更ながら気づかされている
ノストラダムスが大人気だった世紀末
バブルの余韻とテクノロジーの夜明け前
そんな時代にあえて
清掃員という職業を選ぶなんて
自分でも不思議だった
始めてみると
一口に掃除といっても
建物の数だけ
いろんな場所があって
人の数だけこだわりがあるから
面倒臭いったら有りゃしない
客のニーズと会社の偉い人の
板挟みでどうして良いのかわからない
掃除そのものより
誰に言われたのが大事で
その日によって優先順位が変わるから
何が何だか分からない
建物の中を掃除するだけじゃない
足場を組んで外壁の改修工事の終わった
足場の掃除なんて入口から入ったから
清掃作業員としてもニッチで
毎日ヘルメットを被って作業していた
「火サスで見たの何かと違う」って思っていた
いわゆる清掃作業に
従事するまで数年掛かってしまった
それまでが楽しかったのと
外での作業が性に合っていたから
なかなか踏み出せずにいた
三十代になって
若さを失い
それまでは右肩上がりの体力も
横ばいになってようやく
あの火サスのおばちゃんに
なろうと決めたら
すすきのの雑居ビルに配属された
週末にもなると
ここは動物園か?と思うほど
嘔吐と糞尿処理
ひどい時はその中で酔い潰れて
寝ている人がいる始末
まさにこの世の地獄絵図だった
幼い頃から牛小屋の掃除をしていなかったら
さぞや地獄のように感じた事だろう
けれどもそんなのチャラヘッチャラだった
意外なところで実家の家業も役に立つものだ
その頃からだろうか
「自分も人間になれるのかな?」と
思い始めてほどなく
「早く人間に成りたい」と思った
そもそも飲み屋街の雑居ビルより
汚い場所なんてないだろうから
他所の会社へ行けば
どこでも楽が出来ると思い込み転職
そこで日本には
清掃作業員の国家資格がある事を知った
掃除をするのに資格がいるのか?
そこの会社の偉い人に
採用してやるから資格を取れと言われて
取得したのがビルクリーニング技能士
実用的な資格ではないけれど
今でもしっかりと飯の種になってくれている
大きな施設には
必ず資格者を配置しなければならないから
どこの会社でも取り敢えず雇って貰える
だから転職をしまくっている始末
これは今でも治らない
しかも従事者は高齢者が多いから
人口減少の高波を
モロに受ける業界だけに
今やフリーター天国になりつつある
資格持ちの作業員にプレミアがつくのも
もはや時間の問題じゃないかなと
勝手に思っていたりする今日この頃
誰もがなりたくて
始めるような職業ではない
たまに社会科見学の小学生に
将来は掃除の人になると言われると
「イヤイヤイヤもっと未来には夢を見ようぜ」と
こちらが焦る始末
清掃員は気楽な稼業だけれども
日本の未来のためには
目指すのは自分だけで良い
思えばバブルという
浮かれた時代に生まれて
ETとかスター・ウォーズだったり
銀河鉄道や宇宙戦艦に
憧れて子供時代を過ごし
義務教育が終わっても
勉強する気もなく高校へ進学して
卒業と共にバブルが弾けて大不況に突入
ついたあだ名が氷河期世代
真冬の札幌で
氷点下の外部足場で作業しながら
まさにそれは自分だと思った
過去を振り返るのが好きなせいか
最近はそれも悪くないと思っている
なんの努力もしない子供が
そのまま大人になるとこうなるという
標本みたいな人生でさえも
続けていればそのうち花は咲く
努力は大人になってからでも
遅くはなかった
時代がガラリと変わり
テクノロジーによって
人の仕事が奪われるかもしれないけれど
働かなくても生きていける社会に
なるかもしれないし
何より氷河期の寒さで
冷凍していた青春時代を
レンチンすれば
これからの未来で過ごせるかもしれない
ちょっと年齢だけは倍だけれど
その分倍返しすれば良い
昭和時代の最後の世代が
これから至るところでトップに立つ
あちらこちらでチンチン鳴りまくって
青春時代が流れ出す
そうなればもう
誰も氷河期世代なんて言われない
SF映画や小説
テレビアニメに漫画
いろんな夢を抱いた子供たちが
凍らせた夢を解凍して
実現して行く世代
そうだぼくらは
昭和ファイナル世代だ