サブスクの時代とは言え
何の略かも分からないけれど
要は家賃みたいなものでしょ
資本主義の世の中だから
お金を出せば情報が得られる
スマホで検索出来るようになって
いろんな事を知ることが出来て
改めて言葉の大切さを感じた
それはスマホの無かった時代は
より正しい教育を受けたほうが
その後の人生をスムーズに生きる事が
出来ると思ったからだ
学生時代は
まるで動物のように生きていたから
将来の事なんて考えた事も無かった
親の命令に沿えば良いから
何も言われなければ
考えもしなかった
そういう環境だったし
振り返ると親に対する恐怖心だけでは無くて
意外と文句は言いながらも
逃げ出したいほど
切羽詰まった感じでも
無かったから
何となくずっとこのまま続く事を
受け入れてもいた
言葉に左右されるから
誰かに何かを言われるとか
映画やドラマ
音楽の歌詞や小説
親や周りの人達の言葉
指示や依頼
とにかく切っ掛けは言葉だから
誰と出会うかで
選ぶ方向が変わる
もし幼い頃に少しでも
自分で考える事という事をしていれば
何を選んだだろうか
スマホで疑問を検索すると
何かしらの答えがある
その答えの中から
しっくり来るものを選ぶように
子供の頃考える事が出来ていたら
どうなっていたんだろうか