これまでの人生で

自分は何を求めていたのか

欲求を押し殺して

心が散り散りになった


誰かのせいにすることすら知らずに

ただただ自分を責め立てた


責め続けて嫌気が差した

それでも

その欠片を捨てられなかった


探している自覚なんて

なかったけれど

少しづつ自分と向き合う事で

気持ちが見えてきた


始まりは好きな場所

住宅街

冬の公園

高台からの街並み

なんでこの景色が好きなんだろう

そう問いかけた


好きという事は

見たことがあるのかもしれない

育った環境とは

かけ離れた場所を

好きになるということは

記憶を探しても見つからない


そう思って

何度か物心つく前に過ごしたであろう

場所を訪ねてみた

本当は母親に聞けば良いのだけど

何かのきっかけで戸籍謄本が必要になった時に

生みの父親の名前を見て

泣きながらその人のことを

話す母親の姿を見て

何となく幼い頃の自分の事は

聞かないほうが良いと思ってしまった


ただでさえ苦手な母親に

聞きづらい話を聞くのは

ハードルが高すぎる


仕方なく記憶を辿る事にした

いわゆる実家に来る前に

過ごしていた場所

そしてそこに居る人にも会ってみた


養子だから

血縁の親戚は母方しか知らない

それもほとんどが遠くに

住んでいるから会ったこともない

それでも一時期は

一緒に暮らしてこともある

親戚と話をして嫌いになった

まぁ母親の悪口しか話せないのだから

仕方ない

自分も母親も

まぁ欠陥品だから

文句を言われるのは仕方ない

けれど

久しぶりにあって

ずっと文句を言い続けられると

なかなか受け入れられなかった


それでも

実際に当時自分が通っていた

幼稚園や商店街を教えてもらい

その場所へ行くと

何となくここではないと思った


探している場所は

ここじゃない


戸籍謄本には

板橋区で産まれた事になっていたから

実際に何日か過ごしてみた

観光地など目もくれずに

街の中を歩くと違和感が無かった


お金もないから

出来るだけ仕事の出張で

行ける会社を選んで働いた

上手く数カ月間の長期出張が

出来たときは運命すら感じた


感覚を辿るのに役立つのは

好き嫌いだ

必ず理由があるから

その理由を推理する

記憶の前の感覚を知るには

それしか無かった

その答えすら勘違いかもしれないけれど

ひとまずそれにすがるしかない


好きな場所

好きな人

好きだった事

それが手掛かり


嫌いなことは大抵

記憶に残っているから

除外した


一人の人間を好きにはなれないから

テレビや映画のキャラクターから想像した


見た目

雰囲気

話し方

現実にその全てを満たす人は

今まで一人もいない

必ずどこかに嫌いを見つけてしまう


ホントはもっと

母親以外の人を通じてでも

探せば効率が良いかもしれない

けれど出来ないのだから仕方ない


ほとほと馬鹿なことをしていると

思えば思うほど

自分が好きになった気がする

こんな馬鹿げたこと

なけなしの金を使い

挙げ句に仕事も変える

馬鹿だ馬鹿だと思う度に

好きになる


そうしていくうちに

閃くようになった

こうしたいと思えようになった

やりたい事を自覚出来ると

思考が変わり

行動も変わった


こじつけかも知れない

でも心のままに彷徨ったのは

いつか散り散りになった欠片を

無意識のうちに

拾い集めていたのかもしれない


自分の欲求を知るためには

必要な事だったのかもしれない

明らかに今のほうが

自分のことが好きだし

大切に思えているから

多分ああすることが

正解だったのだろう

 

迷走に次ぐ迷走の果てに

今は立っている

拾い集めた欠片はなんだろう

何を取り戻せたんだろう

おそらくそれは子供心だ


育ての父親に屈したあの日から

ずっと役職子供だった

職場を経験してから

実家と変わらない事に気づいた時

自分にとって

あの家は職場だった事に気づいた


気持ちなんか関係なく

上司の命令に従うしかない環境で育ち

言われなければ何も動けない人形になった

それがどういう訳か

砕かれた心の欠片を拾い集める旅に出て

今何となくの答えを感じている


この旅で学んだのは

答えは好きな方へ行くと

見つかるという事

その答えすら何なのか

分からないけれど

感覚で納得出来てしまうと

それで良いと思えるから

それがきっと正解なんだろう


分かれ道に差し掛かった時に

自分で選択をする

そうすることで行った先が

例え望まない環境だったとしても

自分に寄り添える

自分自身に責め立てられるのは

他の誰に責められるより辛いから

自分で決める方が良い


せっかく取り戻した子供心

使わなければ勿体ない

性別も世代も関係のない時代だから

子供のように生きたって

良いのかもしれない

幼い頃から将来の夢なんて無かったけれど

それは子供になりたかったからかもしれない


一度子供になってみたら

何かに憧れられるようになるかもしれないし

今度はその答えを探す冒険が

始まるのかもしれない