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佐野プレミアムアウトレット

今日は、毎年恒例となっている、アウトレットでお買い物。


8時半過ぎに家を出たものの、既にアウトレット渋滞が発生しており、いつもの佐野藤岡インターチェンジをスルー。佐野サービスエリアのETC出口から遠回りして、たどり着いたのが10時半過ぎ。


モール内も大混雑で、11時過ぎに予約したファミレスは、呼び出されたのが13時過ぎでした。料理が出てくるのは早かったけど。


買い物はというと、欲しかったものを買うことができたので良かったです。


帰り道は、これも例年と同じくダラダラと下道で。


所々で渋滞があり、また途中からは暗くなり、さらに雨と雪が降るという悪条件でしたが、2時間ちょっとで帰ることができました。


これで主な年末年始のイベントは終了。明日と明後日は、のんびりと過ごす予定です。

ベッド移動

今日の午後は、弟妹家族が遊びに来ました。


男手が増える正月にやろうと思っていた、ベッドの移動を実行しました。


父が使っていたベッドを、今春から下宿する姪っ子が使うため、部屋間の移動をさせます。


実際に移動させようとしたら、これが大変。


重いのもあるのですが、頭側のパネルが思いのほか大きく、分解が必要でした。


その分解方法もわかりにくく、甥っ子が見つけ出してくれて、ようやく解決しました。


それでもそのままは運び込めず、ベランダと和室を経由することで、なんとか搬入できました。


移動先の部屋で組み立て、マットレスも運び込んで、ようやく設置完了できました。


かなりの重さがあるベッドだったので、甥っ子がいてくれて良かった。


持つべきものは、柔道部に所属する男子高校生の甥っ子ですね。

正月

2026年になりました。


喪中なので、新年の挨拶も、初詣もなし。


例年は初詣の後にマクドナルドでランチをすることが多かったのですが、もちろんこれもなし。


代わりではないですが、散歩がてら出かけ、駅にあるサンマルクカフェでランチ。


やはり正月、開いているお店も少ないですね。

2025年を振り返る

今日で、2025年も終わりです。それにしても、波乱の一年でした。

 

最も大きな出来事は、父が亡くなったこと。

 

5月に救急車で病院に運ばれて、そのまま入院。6月にいちど退院したものの、1週間後に再び入院することに。人工透析によって一時は回復したものの、ガンが転移していた先を治療している際に心停止。そのまま亡くなりました。

 

通夜、葬儀、納骨という一連の出来事は、あっという間だったように思います。

 

それ以降は、山のようにある父の荷物の整理を、週末ごとにやり続けてきました。

 

物持ちが良いというか、収集癖があるというか、様々なものが残されていました。

 

まずは、ものすごい量の文具。特に多かったのが紙類で、未使用のA4用紙が3,000枚以上、カラー用紙も数百枚あり、それとは別に自分で印刷したものが大量に。自分のブログや、旅行で出かける先の地図、役員をやっていた市のシルバー協会なども印刷して残していました。

 

その他、ペン類もたくさん。設計の仕事をしていたので、業務用のペンと替え芯が大量に。またノベルティでもらったボールペンの他、絵を描いたりしていたので色鉛筆なども。

 

また工具類も多くありました。ノコギリや金づち、ドライバーなどの一般的なものの他、電動ドライバーは複数、ナタや糸鋸、千枚通しもありました。

 

DVDやCDも大量にありました。定期購読で販売されているものが何セットも。また弟の奥さんが所有するクラシックレコードのダビングCDや、テレビ番組を録画したDVDも山のように。本棚だけでは入りきらず、和室の押し入れなどにも分散して収納されていました。

 

本や雑誌も多く、作り付けの本棚が埋まるほど。古い雑誌などはスキャナでデータ化し、CD-ROMに焼いていたようですが、まだまだ残っています。

 

そして模型類も。若いころに作った軍艦が飾られているだけでなく、定期購読で完成させる鉄道模型のレイアウト(作りかけ)も、これまた定期購読でついてくる軍用機のダイキャストモデルも開封して飾っているもの、未開封のものも大量に出てきました。

 

高価なものでは、カメラ類も多くありました。子供の頃に僕も借りたフィルムカメラだけでなく、デジカメも複数。コンパクトカメラ、一眼レフなど種類も多様。また存在すら知らなかった8ミリカメラも出てきました。

 

この他にも、記念切手や記念切符、記念硬貨なども大量に出てきました。購入時の価格が明確になるものだけに、いったいどれだけお金をかけていたのだろうかと、我が親のことながら心配になったほどです。

 

母と僕にとっては不要と思えるものでも、弟や妹には残したい、欲しいと思うものがあると思い、その都度LINEで確認しながら整理を進めました。例えば、ノートパソコンは弟に、ステレオは姪っ子に、書斎で使っていた椅子は僕の息子に。カメラは数多くあるので、欲しい人に分けようと思います。

 

また残すものも多くあります。デスクトップパソコン、レコードプレイヤー、プリンターはそのまま残し、僕や来年から下宿する姪っ子が使えるようにします。ベッドや本棚は、姪っ子が使用予定。

 

誰もいらないと判断したものについては、バッサリと捨てることに。紙類は未使用のものを除いて資源ごみに、工具などは粗大ごみに、ペンやファイル類はプラスチックごみとして、収集日ごとに運び出しました。それでも、まだまだ残っております。

 

一年間の振り返りと言いつつ、父のことばかりを書いています。特に、今なお続いている遺品整理に関することが長くなってしました。それくらい父が多趣味で、物持ちが良かったことがよくわかる内容になっていると思います。

 

波乱の2025年は今日で終わりますが、来年も母と一緒に片づけを続けることで、父がやっていたことを思い出したいと思います。

角上魚類

思い立って、今朝は角上魚類へ。


近所のお店は、今年閉店してしまったので、過去に1度だけ行ったことがある別の店へ。


混み具合がわからないので、できるだけ早めに家を出ようと、8時半過ぎに出発。


道路は空いていてスムーズでしたが、お店の駐車場が大混雑でした。


それでも、立体駐車場誘導に従い、早めには止められましたが。


店内も大混雑でしたが、なんとか買い物を済ませることができました。


来年どうするかは未定ですが、今度は空いている時に来てみようと思います。