いつもは騒々しい虫の声が聞こえる筈の夜



右田涼子は恐ろしいほど静かな夜道を



自転車で走っていた



疲れてペダルを漕ぐ足が



止まりそうになるのに耐えながら



ようやく自宅の近くまで帰って来た時



明るいクリーニング屋の照明が



目に入った




店の前の無機質な電話ボックスが



その日に限って血が通っている様に



生き生きとして見えた



涼子は吸い寄せられるように



そこへ近づき



発作的に友人に教えてもらったばかりの



部活の先輩に電話をかけた



繋がるまでの僅か数秒が



永遠のように永く感じた、、、







人生などほんの一瞬





夫の葬儀が終わり



親戚、縁者にひと通り挨拶が終わった時



涼子は酷い疲れと僅かな安堵の中で



そんな大昔の事を思い出していた




あの日、電話ボックスの中



数日続いていた雨模様のせいで



湿った電話帳の匂いが充満していた



一世一代の勇気を出して



彼に電話をかけた



それが今日に続く日々の始まりだった



いい日も悪い日もたくさんあった




あったんだよね、、、




もう二度と繋がることがない電話のように



涼子は何度も何度も



自分にそう問いかけた