寝苦しくて


真夜中によたよたと起き出して


サッシを開けて


外の風を部屋の中に入れると


ふっと酷く懐かしいような


哀しいような匂い




それがなんの匂いか考えるには


頭の中が煩雑で


面倒臭くなってそのまま目を閉じる




やがて額に滲んだ汗を


やや気にしてるうちに


また眠りについていた




18才の夏


車の運転免許を取りたくて


自動車学校に通っていた


送迎バス乗り場の近く


電話ボックスの中で誰かと話しをしていた



雨上がりの電話ボックスの中は


雨に濡れたアスファルトの匂いに混じって


湿気を吸った電話帳の匂いが漂っていた



その夏、僕はやっと親元を離れ


一人前の男にならなければと


変につんのめっていたように思う




最初に吸ったタバコの名前はわからない


子どもの頃に祖父の家で来客用に置いてあった


大きな陶器の灰皿に残った


消し忘れの煙草を吸って見て


酷くむせ返ったから




だがひとり暮らしをはじめて


自販機で最初に買った煙草は


フィリップモリススーパーライトと言う


長い名前の煙草だった


今では考えられ無いかも知れないが


昭和の時代


病弱な男以外はみんな喫煙していた




レンタルビデオ店で借りてきた


クリントイーストウッド主演の


ピンクキャデラックがテレビに映っていた



僕はほんの数十分前に


産まれて初めて女性と関係を持った



目が画面を追ってはいたが


頭には何も入ってこなかった



そして何故か


雨に濡れた電話帳の匂いが



僕を包みこむようにそこに漂っていた