その日の夕方


僕は営業用のボロのワゴンで


山間の町を通りかかった


年に何回か通う得意先へ


挨拶に行った帰りだった


古くさい小さな町は


天気は悪くないのに


なんとなくどんよりとした空で


仕事の疲れを余計に感じさせていた


気怠い感じでハンドルを握る



何気に見た道路の脇に


ラムネ温泉と書かれた看板を見つけた




ラムネ温泉?


お湯がシュワシュワしてんのかな?


いつもなら早く仕事を切り上げて


自宅で一杯やりたいところだけれど


その日はどういうわけか


真っ直ぐに帰る気にならず


好奇心もあって


僕はその温泉に寄ってみることにした




看板をたどると


木造の倉庫のような建物に導かれ


僕は砂利をひいてあるだけの駐車場に


車を駐めて中に入った



建物の中には受付とか番台といったものはなく


男と女の文字で分けられた入り口の奥に


脱衣所があってその奥の扉の向こうに


露天風呂があった



扉には


“ご自由にお入りください”と書かれているが


自分の他には誰もいない


勝手はわからないが


誰か来たら聞けばいいかと


僕は思い切って入ってみる事にした


ポケットの小銭入れから百円玉2枚を取り出し


年代物の自販機でタオルを買って中に入る


建物の造りからは想像も出来ない


しっかりとした天然岩の露天風呂だった



ゆっくりとお湯に浸かる


確かに小さな気泡が体にまとわりつき


なるほどラムネ温泉とはこの事かと思う


僕は目を閉じて


その優しい気泡に身を委ねた




微かに響いていた虫の声が


やがて賑やかな蝉の鳴き声に変わった




剣道の練習の帰り


僕はカラカラの喉を潤そうと


友達と雑貨店に寄ってラムネを買った


店のおばちゃんにビー玉を落としてもらい


口をつけると


喉の奥に心地よい痛みが広がった



ほんのちょっと仮眠をとるつもりで


僕は砂利道の脇に寄せて駐めた


車の中で目が覚めた


辺りはもう真っ暗で


月が頼りない感じで


空にぶら下がってるだけだった


ヘッドライトを点けると


ラムネ温泉の看板が


暗闇から姿を現した