YouTube
多摩市・カナメさんからのリクエスト、竹内まりや『不思議なピーチパイ』をお送りしました。
当時をオンタイムで知る昭和世代には、よく記憶するところですが、竹内まりやはもともと、他人から提供された曲を歌う、美人のシンガーとして登場しました。
79年、『September』でレコード大賞最優秀新人賞を受賞。
裏を返せば、この年、「アイドル歌手」の目立った新人のデビューがなかったということでもあります。
翌80年に松田聖子、田原俊彦のデビューを控え、ちょうどアイドル界の70年代と80年代の端境期、大型新人デビューの空白期間にありました。
それもあってか、当時の竹内まりやの存在感とその活動は、多分にアイドル的でもありました。
しかし、別に「アイドル」になりたかったわけではない彼女にとり、その状況はなかなかに鬱屈するところがあったようです。
芸能人運動会みたいなのはわりと出てましたし、バラエティ番組の司会とかもしてました。芸能雑誌のグラビアとか、そういう撮影のためにどっかへロケに出掛けるみたいな時間をすごく取られてたので、「(不思議な)ピーチパイ」のヒットもいただいて、順風満帆ではあったんですけど、「ピーチパイ」を歌ってた頃に、風邪をひいていたのを無理矢理歌って、ポリープ寸前で一週間ほど入院したんですね。
入院したときに、なんか歌が楽しくて歌ってたはずなのに、いま苦しいなと思って。歌うことが苦しい自分を人に見せたくもないし。もっと時間があれば、もっといろんな音楽を探して、自分なりの言葉とかメロディも探して、ゆっくりレコーディングして、一つのアルバムにしていけたらいいなぁ、という思いがどんどん育っていって。フィジカルに体調を崩したっていうのが大きかったですよね。だから、とにかく一回(芸能界を)辞めて……。
(林修)辞めることに、ためらいは?
ためらいはなかったですし、一日も早く休憩したいと思ったんです。
――『日曜日の初耳学』・2024年11月3日(日)放送分より
芸能人運動会? あの竹内まりやが!? 生の記憶にないのが、口惜しい。
見ておきたかった。忘れたのなら覚えておきたかった。あの竹内まりやが、ジャージで走り回る姿を。
そんな彼女の鬱屈に、親身に相談に乗ったのが、のちに音楽・生活両面でパートナーとなる山下達郎であったといいます。(ウィキペディアより)※1
この夫婦の出逢いも、なかなかにドラマチックかつロマンチックです。
学生時代から山下が所属するシュガー・ベイブの大ファンであった竹内は、デビューアルバムの楽曲提供者の一人として山下と逢えたことに大感激、彼にサインを求めるのですが――。
「きみも曲がりなりにも、プロのシンガーとしてやるんだったら、同業者にサインを求めるような真似は絶対しちゃダメ」って、お説教をされたんですね。そのときなんか、嫌な感じぃ、と思ったんですけど(笑)。
でもあとで家に帰って考えても、それって確かに真っ当な事をおっしゃってたんだなぁと。そういうチャラチャラしてはいけない、っていうことを彼が教えてくれたんだな、よかったなと。
――『日曜日の初耳学』【カリスマたちの金言&未公開SP】・2025年2月2日(日)放送分より
まるで少女マンガ(笑)。第一印象最悪で始まるラブロマンス。
普通の人はこんなとき、こんな態度を取るものです。
同業者にサイン求めるんだ? そんなふうに内心で呆れ、バカにし、それでいて表面上はにこやかに、サインに応じる。大部分はそうするでしょう。ワタシもそうです。
しかし、山下達郎は違いました。プロがそんな真似をしてはいけない――。ハッキリそう云ったのです。仕事の関係者で、自分のファンでもある、若い女性に向かって。
偏屈で、くそ真面目で、そして正しい。
そんな人だからこそ、竹内まりやは自分の心の芯の奥で抱える苦しみ悩みを打ち明け、相談したのだし、彼もまた、真剣にそれに応えたのでしょう。
こうして、81年に活動を一時休業。82年に山下達郎と結婚します。
――『日曜日の初耳学』・2024年11月3日(日)放送分より
河合奈保子の『けんかをやめて』が作られたのは、この頃です。
楽曲提供は、これが初めてというわけではありません。初の提供曲はアン・ルイスの『リンダ』(80年)ですし、さらに河合奈保子で云えば、『SUMMER HEROINE』※2収録の『アプローチ』が、正式には初になります。
「正式には」と申し上げたのには、理由があります。『けんかをやめて』には、さらにいわくがあるのです。
発注があったわけでもないのに、竹内は勝手に、趣味的に、河合奈保子のための歌を書いた(笑)というのです。
『スマイル・フォー・ミー』を歌っている彼女を見て――ということですから、時期は81年6月頃でしょう。「彼女はしっとりとした歌を歌ってもきっと似合うだろうなあ」と、竹内は思い、歌を作ったそうです。※3
それは「雑務」から解放され自由の翼を得た彼女の、純粋な創造の衝動そのものだったに違いありません。それはボーカリスト・竹内まりやの、ソングライターとしての再起、そのものでもありました。
それから約一年の時を経て、河合奈保子側のディレクターからオファーがあり、この歌は日の目を見ることになるのですが、その先を深掘りするのは、奈保子日記『けんかをやめて』の巻に譲りたいと思います。
最後に、この曲をお送りします。多摩市・カナメさんからのリクエスト、作詞・作曲・竹内まりや、アルバム『SUMMER HEROINE』より、河合奈保子『アプローチ』。
複数の女の子が狙う彼を落とすべく、あの手この手でライバルを出し抜こうとする女の狡さと、怖さと、可愛いらしさ。それらを描いたこの歌は、どこか「あの歌」に一脈通じるところがあるように思います。云わば『けんかをやめて』へのプレリュード(前奏曲)。
それでは、近いうちに奈保子日記『けんかをやめて』の巻でお会いしましょう。その前に取りこぼしのシングル、『ヤング・ボーイ』の巻の割り込みがあると思いますが。
2025.08.16 一部変更・加筆
※1
※2
※3