ここからは「特報」スポット風に、シーンの断片を紹介してまいります。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

●素直、「水着」仕事を語ること――

杉村星奈、第6弾シングル『白いパラソル』、初週1位――。その報に、GAプロダクションの面々はざわめいていた。
「これで4曲連続1位か……」
「星奈の壁は厚いな……」

「ごめんなさい」
沢合素直はペコリと頭を下げて詫びた。
「わたしが、不甲斐ないばっかりに」

「ナオが謝ることじゃない」
マネージャー・三枝薫は、即座にそう返した。
「ナオは100点満点の仕事をしてる。謝らないといけないのは、こっちのほうよ。会社はなに考えてんの? いつまでナオに、ステレオタイプなアイドルソングばっかり歌わせとく気かしら? これじゃあナオのコアなファンは喜んでも、大衆には響かない! こんなんじゃ、いつまで経っても、星奈に勝てっこない……」

「……今日は葉山ですよね? 楽しみだなあ」
素直はグラビア撮影のロケ地のことに話題を変えた。歌の「方向性」については、正直よくわからなかった。杉村星奈のような歌への憧れはあったが、いまの自分の歌も大好きだった。

「……また水着。水着、水着、水着! うちの会社の男どもときたら、ナオのひとの好いのにつけこんで、次から次へとこんな仕事ばっかり取ってきて! ナオ、イヤだったら、ハッキリ云っていいのよ!? 私が全力で力になるから!」
「わたし、水着は好きですよ? それは、ちょっと恥ずかしいけど……」
「ナオは知らないのよ。自分の水着姿がどんな風に見られてるか!? あいつらときたら、それはそれは、いやらしい、気持ち悪い、ケダモノみたいな眼でナオのこと見てるんだからね!?」
 

[作者コメント]
すみません……。


「ナオは歌一本で勝負できるのよ! ナオの歌は、星奈にだって負けてないんだから! 水着なんてやってるから、軽く見られんのよ! 星奈みたいに、水着NGでいいんだから! 水着なんて、断っちゃえばいいのよ!」
「そんなあ、ファンがガッカリしちゃいます……」
「あなたって子は……。ガッカリさせりゃいいのよ! ファンじゃないわよ、あんな連中。ただのエロ餓鬼よ! どうせレコードも買わずに、お一人様ディナーのオカズにしてるだけなんだから!」
 

[作者コメント]
本当にすみません……。


「わたし、水着をやめたいとは、思わないんです」
意外な意志の強さを見せて、素直は云った。
「ファンのみんなが求めてくれて、よろこんでくれるなら、わたしはそれが嬉しい。それに応えたいんです。――こんなおデブちゃんの水着のどこかいいのか、よくわかんないんだけど」
わき腹のお肉をつまんで、素直は云った。
「そんな……ナオは、そんなに太ってないって」
「そんなに――?」
 哀しそうな、責めるような目つき顔つきで、素直はそうつぶやくのだった。
(面倒くさいわァ……自分で「おデブ」って云っといて!? ナオってほんといい子だけど、この部分に関してだけは気ィ遣うわァ、面倒くさいわァ……)

「星奈さんが、こっちの土俵に上がらないなら、こっちの土俵はわたしの勝ちです。不戦勝です。その上で――」
 その先を素直は口にしなかった。
(その上で――?)
(歌でも勝つって云うの? 星奈に?)

素直はただ、ニッコリと微笑んでいるだけだ。
薫は意外な、素直の秘めた「闘志」を、「負けじ魂」を初めて見た思いがした。
時は1981年7月28日。

――運命の「事故」まで、あと2か月と8日。


●素直、星奈に襲われること――

NKH(日本国営放送)のメイクルームの扉を開けると、そこには誰もいなかった。
ゾクリ、とイヤな予感を素直は感じた。
ここに居てはいけない――。
そう強く命じる予感があった。
無人の密室――。こういうシチュエーションで、決まって「彼女」は襲ってくるからだ。
これから行われるのは、若者向け歌番組「ゴーゴーヤング」の収録である。アイドルが多数出演する番組であり、「彼女」と共演する機会は多い。確か今日は「彼女」も出演するはずであった。いまこの局に「彼女」はいる――。そのことが素直の警戒心を最大級に高めていた。
どこか、人のいる場所へ――。素直がきびすを返そうとした矢先だった。

素直の豊かなバストの双丘を背後から鷲掴みにする、白い掌があった。
(――!)
いったいどこに潜んでいたのか、音もなく気配も感じさせず忍び寄り、ノーモーションの早業で襲いかかるガラガラ蛇のように、その白い掌は獲物に喰らいついて離さなかった。
「もうっ、星奈さんたらっ、また――」

杉村星奈――。
昨年80年にレコードデビュー、素直とは同期にあたる。サードシングル『風は秋色』が1位を獲得して以来、リリースするシングル全てで1位を獲り続けている当代のスターである。そんな彼女が人知れず、こんな行為に及んでいることを当事者の二人以外に、まだ誰も知らない。

「やっと捕まえた! あなたってぱ、ずっと私のこと避けてるんだもの。寂しかったわ。ああ、素敵……。なんて、やわらかいの? マシュマロみたい……。なのに、ゴムまりみたいに指をはじいてくるこの弾力、たまんない! ママに抱かれる赤ん坊って、きっとこんな幸せを感じてるのね……」
「やめて……、やめてくださいっ」
「いいじゃない、ケチケチしないで。減るもんじゃなし? 生き返るわ……。これが愉しみで、辛い毎日を乗り越えてきたのよ?」
「お願い、赦して……」
「ダメよ、赦さない。逃げ続けた罰よ。これはお仕置きでもあるのよ。今日という今日はうんと責めて、イジめて、メロメロにしちゃうんだから。覚悟しなさい」

素直は右に左に身体をひねって逃れようとするが、星奈も巧妙に重心を移動し、背後のポジションを崩さない。さながら、ロデオの騎手のようだ。
ならばと、星奈の腕を掴んで引き剥がそうとするが――。
星奈は素直の耳朶に「ふーっ」と息を吹きかける。
「ひあッ」
素直は脱力してしまう。弱いところを熟知しているのだった。

「あなただって、本当は悦んでるんでしょ? 耳まで真っ赤にしちゃって。鏡に映ってる自分の表情(かお)見てみなさいよ? 可愛い表情(かお)しちゃって。ベッドで愛されたら、あなたってこんな表情(かお)するのね……。あなたのこんな表情(かお)見たら、彼氏もきっと堪んないわね」
「そんなこと……」
「ウソ。名前のとおりに、素直になりなさいよ? イイんでしょ? もっとしてほしいんでしょ? ほらほら、素直ちゃんの大きなお乳の小さな木の実が、硬くなってきてるわよ……?」
星奈の細く長い指の先が、素直のバストの先端の突起部分を探り当て、くすぐるように細かく震えて悪戯している。
(あ――)
眉間をしかめ、開いた口から堪え切れず、切ない、はしたない声が漏れそうになる――。

「なにやってんすか……?」
扉が開き、この部屋を仕事場とし常駐する主が、立ちすくんでいた。

「小夏くーん、助けてぇ。星奈さんが、ひどいの!」
相原小夏。NKHに出向しているヘアスタイリストである。そもそも素直は、彼にヘアメイクしてもらうために、ここを訪れたのだ。

「無粋ね。ノックぐらいしなさいよ」
「すみません……。遅くなって、あわててたから……」
(残念……。もう、ひと押しだったのに……)
だが、憮然とした表情をしたのは一瞬だった。切り替えは早い。いつまでも落ち込んでいる性分ではなかった。
「紹介しなくても知ってるわね? この子、前から私のペットなの」

 

[作者コメント]
元ネタを知ってる人は、作者と同じ昭和世代。


「誰がペットですかッ!?」
ようやく星奈の掌から逃れ、彼女の正面に向き直った。
胸を守るように、両腕でガードする。
乳房の芯が硬くしこっており、下着に擦れて痛かった。
星奈の云うように、快楽を自覚しているわけではなかった。だが、星奈の繊細で巧みな指遣いには、背中がゾクゾクするような――喩えるなら、高層ビルのエレベーターで下降する瞬間に味わうような感覚を覚えた。それに曝され続けることは、それによって自分の知らない「何か」が目覚め、底なしの闇に引きずり込まれるような、そんな恐怖があった。

「またね、素直ちゃん。……さっきは可愛かったわよ?」
「もう、ゼッタイ、独りにはなりません!」
「その時は小夏っチャンも、気を利かせて、席を外してね」
「はあ……」
そしてすれ違いざま、小夏の耳にだけ届くウィスパーボイスで、こう囁いた。
《テント、張ってるよ?》
(――!)
星奈の顔が、ニンマリと悪魔の笑みを浮かべるのを小夏は見た。彼女の背後にいる素直にはわからない。

そう――。
相原小夏は、素直に想いを寄せていた。
この業界で生きる「裏方」にとり、タレントとの恋愛はタブー中のタブーだ。ゆえに彼の想いもまた自分だけの秘中の秘、絶対の秘密だった。一方的に好きになることでさえ、それを知られようものなら、この業界で生きてはいけなかった。
だが、杉村星奈には、それを勘付かれている節があった……。

もとより、素直の容姿は、好みのタイプではあった。それでも、もともとファンというわけではなかった。好きになったのは、この仕事で彼女と関わるようになってからだ。
仕事柄、タレントたちの「裏」の顔を見ることは多い。世間では好感をもたれているタレントが、カメラに映らぬ裏側では尊大で横柄な振る舞いに及ぶ醜悪な姿をどれだけ見てきたか知れない。

沢合素直には、そんな「裏表」がなかった。
自分のような下っ端にも彼女は優しく、礼儀正しく、にこやかで、そんな態度はテレビで見る彼女の姿と、少しも変わるところがなかった。
そんな彼女に、彼は好もしい異性として、恋をしたのだった。

彼女をものにしたい――。
そんな大それたことは考えなかった。
沢合素直は、トップアイドルである。そんな彼女と身近に接し、親しく言葉を交わし、あまつさえはその髪に触れる立場にある。何十万のオーダーに達する彼女のファン達が、そのことをとれほど羨み、嫉妬するだろう? それだけで望外の幸せというべきなのだ。
その座を失いたくはなかった。そのためにも、秘めなければならなかった。自分の想いを――。

(つづく)
 

あとがき&次回予告

繰り返しますが、この物語はフィクションです。沢合素直は架空の人物です。河合奈保子ではありません。

大阪出身やねん。妹さんがいてんねん。ボインやねん。
>河合奈保子やないかい!
『スマイル・フォー・ミー』歌ってんねん。>河合奈保子やないかい!
N〇〇ホールで大げがすんねん。>河合奈保子やないかい!
竹内〇〇やに『けんかをやめて』を提供してもらうねん。>河合奈保子やないかい!

そんなミルクボーイ漫才になってしまうわけですが、どうか「河合奈保子」をモデルにした「朝ドラ」のようなものだと思ってください。
「笠置シズ子」に対する「福来スズ子」だと。
起こる出来事も朝ドラ並みに「盛り」ますし「脚色」もします。

もっと映画予告風に、サラッとしたシーンの断片を羅列するだけのつもりでしたが、いざ書くとなったらノッてしまい、ちょっとした「小説仕立て」になってしまいました。
ワタシにしては、よく書けたと思います。
薫に星奈ら、ワタシに降りてきたキャラ達の魅力の賜物です。素直のかわいいこと。ワタシにこのタイプのキャラが描けるとは思いませんでした。このかわいさをワタシの拙い文章で表現、お伝えできているでしょうか?

そのかわいい娘になにしてんだ? って話にはなるとは思いますが、あんなのはネンネの彼女が受けといたほうがいいレッスンみたいなもんです。
パァァァンッ!(素直のハリセン、一閃)
これから彼女に降りかかるはずの試練、苦難に比べれば……。
作者としては複雑です。平凡でつまらない日々でいいから、彼女には平穏に暮らしてほしい。でも、そうはいかない。これは創作をする誰もが味わうジレンマではないでしょうか。

星奈おねえさまの優しい愛撫に、身も心もゆだね切った素直のたどる運命は……? その路線で行きたいぐらいです。そうしようかな?
ァァァンッ!(素直のハリセン、一閃)

しかし、この調子で、この密度で、「事故」を、「入院生活」を描くのか? なんか、とんでもないものに手を出したなと思うことしきり。ワタシのような未熟者には、まことに荷が重い課題です。素直ちゃん、星奈さん、精一杯がんがんばるので、力を貸してください。そう祈るしかありません。

次回は、相原小夏のターンです。「素直、小夏に関西弁を披露すること――(&小夏の名前の秘密)」をお愉しみに。うちの素直をよろしくお願いします。
星奈がナオミおねえさまなら、小夏はヒロシおにいちゃんになれるのか? ――そこは一条輝とリン・ミンメイって云おうよ。私の彼はヘアメイク。いちいち喩えが昭和世代ですみません。

恒例の多摩市・カナメさんからのリクエストは、河合奈保子『エスカレーション』。「今夜はハードコア」、そんな副題はありません。

 



2023.11.07 一部変更・加筆

2024.02.07 一部修正