アスペルガーが持つ症状の内のひとつ
「感覚過敏」
その人が何に対して過敏に反応してしまうかは
個人個人で異なるけれど
例えば、
・食べ物
・人の話し声
・周りの人の視線
・家の外の空気やにおい
・街中を照らす電気の明かり
・車のクラクションの音
・犬の鳴き声(吠えた時の)
等等。
自身の感覚機能があまりにも過敏すぎるがゆえに
外界の色々なものが過度な刺激となって
自分の心とか、神経とかを苛む。
その瞬間的な刺激の強さは、度合いによってはその人の身をすくませ、固まって動けなくさせてしまうこともある。
定型発達者(普通の人)からすれば、
「何でそんなことで?」と思ってしまう些細なことでも、
アスペルガーは過剰に反応してしちゃう。
その防衛対策として
「感覚を切り離す」
という事をする。
これをやれば自分はもう何も感じずにすむ。
痛みを乗り切られる。
感情をかき乱される事もない。
その場を生き延びられる。
これは普通の人でもやる防御策。
サラリーマンなんかはその典型(彼らは痛みをかなり麻痺させ毎日生き抜いている)
アスペルガーの場合は、生まれついた時から既に感覚過敏ゆえの痛みを抱えていて、幼少期に自らの生存本能からその防衛対策をとっていたりする。
この感覚を切り離す、麻痺させるというのは、
歯医者さんでやってもらう麻酔みたいなものだけど…
歯医者さんの麻酔は数時間で効果が切れるけども、
自分が自分の精神力でかけた感覚・感情への麻痺は、
なかなか切れるものではなかったりする。
しかも、自分が生き残るために必要であるがゆえにかけた麻痺であるから尚更に。
麻痺を解いてしまえば、また過度な刺激に晒されて痛みの連続の世界へ…という恐れがあったりする。
でもですね。
いったんこの「感覚を切り離す」ってのをやると、
脳はその技術(?)に磨きをかけ始めてしまうのではないかなと。
更に上手に、もっと効率よく、
痛みを感じさせなくしようという練習が脳内でスタートされるのでは。と思う。
カラダは徐々にその技術を上達させ、
切り離しが出来ている状態をなるべく長く維持していこうと練習を重ねていき、やがて常態化していく。
その防衛本能ゆえの感覚麻痺は、
どんどんと堅固なものになっていくーーーのではないかな。
外見のみで一見すると、
普通の人で
普通に友達とお茶をし、
普通に遊び、
普通にファッションを楽しみ、
普通に恋愛をしている、ように見える。
でも、内面では様々な高負荷を抱えながらも、なんとか耐え忍んで生き抜こうと頑張ってヘトヘトになっていたりしてないか。
自分が何を感じているのか、
何が嫌で、何が好きで、何がやりたいのか、
わたしはこの人のことが好きなのか。
麻痺がいよいよ深まり、上記のことに心の視界が及びづらくなり、やがて行き詰まってくる。
行き詰まると人によっては、
・精神科に通う
・向精神薬に漬かる
・睡眠薬に漬かる
・お酒に依存する
・セックスに依存する
・偏った?スピリチュアルの世界にハマる
・一瞬で変わる引き寄せの法則w に走る
という風に進み出す?
(引き寄せの法則は否定しないし、大切にしたい現象なのだけど、そこで盛り上がってしまうのはちょっと滑稽に感じる)
感覚麻痺をずっと続け過ぎると、やがてカラダは悲鳴をあげて、原因不明の体調不良に襲われたりする。
最悪の場合は、高齢者になるまで引きずってしまう場合も、どうやらあるかな?
病院のベッドの上で、何が好きで何がしたいのか自分でも分からず、誰かに伝える事もできず、ただただ食べ物への衝動だけに自分のやりたい事を投影し、命を繋ぐしかなくなってしまっている状況。
そしてそれが大勢いる光景、特別老人介護施設など。
ホントにもう、実際目の当たりにするとなんとも言えない。
伝えたい。
↓
例えば、あなたに恋人ができたとする。
相手の男性は君のことが本当に好きだ。
だから
キミには本当に幸せになってほしいと心底願っている。
キミの本当に素敵な笑顔を見たいから色々と頑張る。
キミと関わろうとする。
ああでもない、こうでもないと
思索を巡らせている。
でも、肝心なキミが
自分がどうすれば気持ちが良いか、心地よいのか、
ちょっと幸せ感を味わえるのか
ここを見つめる事を諦めてしまっていると
彼は絶望感を味わう。
彼だけじゃなく、
キミに幸せになってほしいと
願っている人(親だけじゃないよ)は
けっこう悲しくなってしまう。
続く。