人生は打率じゃない、打席だ。
60歳になってつくづく思うこと
序章:60歳の気づき
「60歳になってつくづく思う。人生は打率じゃない、打席だ。」
最近、口癖のようにそうつぶやいている。
若い頃は、いちいち「成功率」を気にしていた。
テストなら点数、仕事なら成績、恋愛なら告白の成功率。
つまり、打率ばかりを気にしていたのだ。
けれど、60年も生きてみるとわかる。
人生でいちばん大事なのは、打率じゃなくて、打席に立つ回数。
空振りしたっていい。三振したっていい。
でも「見送り三振」だけは、やっぱりダサいのだ。
第一章:打率を気にする人生の息苦しさ
僕が20代、30代の頃は、いつも「失敗したら恥ずかしい」と思っていた。
プレゼンでスベったらどうしよう。
新しい挑戦をして失敗したら、周囲から笑われるんじゃないか。
そんなことばかり考えていた。
結果どうなったか。
バットを構えながら見送る人生が増えた。
「やりたい」と思ったことを、結局やらない。
「いつか」と言いながら、先延ばし。
頭の中では何百本もホームランを打った気分になっていたが、
実際にはバットを振ってもいない。
これではスコアボードに何も残らない。
打率どころか、打席数ゼロ。
今思えば、あの時間こそがいちばんもったいなかった。
第二章:空振りの価値
ところが50代になって気づいた。
空振りって、実は美味しいネタになる。
仕事で失敗しても、酒の席で話せば笑い話になる。
若い頃は真っ赤になって恥ずかしがったことも、
50代になれば「いい経験だな」と笑い飛ばせる。
むしろ、何も挑戦しない人生の方が、よほど退屈だ。
打率を気にして振らなかった日々より、
空振りした思い出の方が、よっぽど心に残っている。
空振りには「経験値」と「ネタ」がついてくる。
三振には「次こそ打ってやる」という反骨心がついてくる。
見送り三振だけは、何も残らない。
第三章:図々しさは武器になる
50代を過ぎて、ようやくわかったことがある。
それは、図々しさは立派な武器だということだ。
「オマエ、まだやるの?」「この歳で?」
そんなことを言われても、もう平気だ。
だって、60歳なんて人生の延長戦。
周囲の目を気にしてベンチで縮こまるくらいなら、
グラウンドに出て振り回した方が楽しい。
図々しく立ち続けることで、またチャンスは回ってくる。
そして案外、そういうときにポトリとヒットが落ちたりするのだ。
第四章:お客さんじゃなく、プレーヤーでいよう
多くの同世代が「もう年だから」と言って観客席に座り始める。
もちろん、それも悪くない。
解説席から野球を眺めるのも、楽しい時間だろう。
でも僕は、まだグラウンドに立っていたい。
汗をかいても、転んでも、空振りしてもいい。
その方が、人生は圧倒的に面白い。
50代、60代だからこそ、プレーヤーでいよう。
まだまだ「代打オレ」と名乗れるうちは、打席に立つべきだ。
第五章:小さな一振りが人生を変える
ここで大事なのは、ホームランを狙わなくていいということだ。
大きな挑戦じゃなくてもいい。
散歩を始めるのも、読書を再開するのも、
副業にトライするのも、全部が「打席」だ。
その一振り一振りが積み重なって、人生の景色が変わっていく。
気づけば「俺、結構打席に立ってきたな」と思える。
それこそが最高の誇りだ。
結論:打席に立ち続けた数だけ、人生は面白くなる
60歳を迎えて、僕はようやく悟った。
人生は打率じゃない。
ホームランの本数でもない。
どれだけ打席に立ち続けたか。
それだけが、自分の人生を豊かにする。
空振りOK、三振OK。
でも、見送り三振だけはやめよう。
グラウンドに出よう。
立とう。振ろう。笑おう。
人生は、打席に立った数だけ面白くなる。
だから今日もまた、僕はバットを握る。
おわりに
この記事を読んでいる50代、60代のあなた。
「挑戦するには遅いかな」と思ったら、その瞬間こそがチャンスだ。
バットを構えたまま終わるより、
空振りして笑われた方が何倍もかっこいい。
さあ、今日の打席に立ってみませんか?
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