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何しろ、実に23年ぶりなのである。“受験生”という身分から卒業した状態で、角松敏生のライブに参加するのは。

 

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修習開始直前の神奈川県民ホール、導入修習終了後・実務修習開始前の移動日に運良くセットされた中野サンプラザ2DAYS。

しかも中野ときたら、“0列”という、角松の息遣いまでも感じられる最前列も最前列。合格のご褒美席として神より与えられし神席を采配されたのである。

何もかも忘れて心底ライブを楽しめ・・・る、はずだった。

 

だけど少し前に私は気付いてしまっていた。本当に幸せだったのは、合格発表までの日々だったということを。

 

合格しても、受験生でなくなっても、司法浪人生を卒業しても、私ときたら相変わらず眉間に皺を寄せ、PCやら大量の資料やらが詰まったキャリーバッグをガラガラと引きずって、時折自らを鼓舞するように空を見上げながら歩いているのである。

 

つまり、受験生時代と、何も変わっていないのである。

 

同期からよく言われたのだ。

「合格したら、世界が一変しますよ」

そんなことはないだろうと思っていたが、案の定だった。

 

受験生時代、私は本当に楽しかったんですと恩師に言えば、

「修習はもっと楽しいですよ」

そう言われた。

 

そうなのかなぁ、と訝しみながらの修習だったが、確かに大変だが、同期との交流や修習内容は楽しいが、その楽しさを上回るものがある。

それは“辛さ”、とにかくひたすら、辛いのである。

 

この辛さは一体なんだろうか?

 

 

実務修習開始前日、17年間お世話になった先生から、祝いの席で「いや~、もう受験できなくて、残念だね」「楽しい司法試験の勉強もう出来ないの、残念だね」「ちょっと本気出しちゃって合格点取っちゃって、失敗したね~」と、さんざん「残念だねぇ」と言われたのである。

 

先生そんなことありませんよ、私ホントに今年の司法試験は心底飽きていたんですからと言えば、

「司法試験の勉強だけしていればさ、偉いね凄いねって周りから言われるだけだし、気持ちいいんだよ。実務に出たらそうはいかないよ、実務はキツいよ~しんどいよ~」

と説教される。そして

「いや~残念だったね~」

と、合格祝賀会なのに残念会としか思えない言葉を山ほど浴びせられたのである。

 

翌日、なんと、その言葉は本当だった・・・ことを痛感させられた。

司法試験の勉強をしている方が遙かに楽だった。心底、あの頃に戻りたいとさえ思った。

司法試験なんて所詮は「自分の」問題だ。自分のことだけやっていれば良かった時代なのだ。

 

実務は違う。

 

ようやく分かった。“法曹”の辛さとは、自分自身が抱える個人的な辛さを忘れて、人様の一大事に関わり、その辛さを引き受けることにあるのだと。

法曹というのは、高潔な価値観を要求される。そのことを実務修習に入って、実感させられた。

「立派な法曹になって下さい」と、合格後に実務家からかけられた言葉を思い出す。

 

 

“ノブレス・オブリージュ”とは、最後の母校における合格祝賀会で、会の冒頭に言われた言葉である。我が校の法曹はノブレス・オブリージュの精神であれ、と。

 

話は少し遡る。在学中、その母校の独禁法の教授に、行きつけのお店に連れて行っていただいた時のことである。

私が「企業が知恵を絞って、企業発展の為にあれこれ画策することを、法で縛ることにどうしても違和感が拭えない」と質問したところ、先生は即答された。

「それはね、アメリカのトラスト法の精神は、ノブレス・オブリージュなんだよね」と。

つまり、大企業には一人勝ちをしてはならないという義務があるということである。

 

法曹とは、法律の世界における、ノブレス・オブリージュの精神の体現なのだろう。覚悟は決めていたものの、自分はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったような気がする。

 

 

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5月の本試験を終え、夏のライブ、軽井沢や音霊というしばしの休息を経て、9月の不合格発表後、再び受験に専念し、その合間のバースデーシーズンである12月に中野サンプラザライブに参戦する。そして翌年から5月までノンストップで勉強する・・・

 

それが私の、この10数年だった。

 

合格してしまった今、この“自分の受験勉強”が、“人様の人生を左右する一大事を法に依って捌く”という、途方もなく重い責任に取って代わられたのである。

これは、司法試験よりも遙かに、桁違いに辛いことではないか。自分が背負う個人的な辛さを忘れ、他人の辛さを引き受けるという、ダブルの辛さを背負うことになるのである。

 

 

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まぁ、そんなこんなのしんどさ抱える覚悟を背負って参戦したライブ。

アルバム発表時のツアー以来聞いてないよというレア曲(下記セトリ8~10)、余りライブではやらないけれども私的に大好きな曲(6,14)等々、昔からの角松ファン感謝祭のようなセットリスト。

 

中でも、難病を押しての参加という“掛け値なしに歌の上手さでは日本一”チアキの天女のように澄み切った歌声・・・最前列にいた私には、チアキが懸命に闘っている姿がはっきりと見えたのである。

 

ここにも闘っている人がいる・・・

 

心からの祈りを捧げ、手を合わせるような思いで私はチアキの歌声を全身に浴びていた。

 

 

角松が往く道は昔からずっと繋がっていて、この先も続いていて、角松が何処に向かっているのか、ファンには見えている。

私と同じだと思った。何も変わらない。あれからずっと、何一つ、変わっちゃいない。

 

 

“崩壊の前日”山内薫アレンジバージョンを聞くと必ず私の心が崩壊するのは、あの曲に、大切な想い出を繋げてしまったからである。

2021年12月10日、中野サンプラザの最前列で、私は過去と未来の狭間である“今”にいて、呆然と立ち尽くしながら、あの時と同じように、角松の歌声を聴いていた。

 

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2022年、角松の往く道決まる

 

2022年、新海監督も

 

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SET LIST

1.Make it higher
2.City Nights
3.Space Scraper
4.Take me faraway
5.Never Touch Again
6.August Rain
MC
7.Lady In The Night
8.Knock my door
9.夜離れ
10.泣かないでだっくん
11.Wake Away
MC
12.Smile(duet with チアキ)
13.Flow of love(12.11)
MC
14,Mrs.Moonlight(12.10)/Mannequin(12.11)
15.真夜中の太陽
16、How is it?
17.Tokyo Tower(Original Ver.)
18.初恋

ENCORE
19,東京少年少女
20,Sky High
21.崩壊の前日

MORE ENCORE
22.あるがままに

 

2021.12.10 / 12.11

at 中野サンプラザ

 

 

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崩壊の前日に 君は何処にいたのだろう

そして今でも 僕たちは

ここにいられる