それは8月最後の日、

私の熱く永い“夏休み”が、終焉の刻を告げようとする頃だった

 

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7日後には私と仲間の合否発表を迎える、その前に

その前に、我らが“同志”な先生を囲み、エンドレス飲み会ON LINE

 

性別も年齢も出身も背景も、何もかもバラバラなのに、

ただ「司法試験」という一点のみを共通として集ったこの5人

百年の孤独の道を往くことを決めた私が、旅の途中で巡り逢った者たち

支え合い、引き上げ合い、叱られ慰め笑い飛ばしてここまできた、冒険の仲間たち

 

“志を同じくする”と書いて“同志”と書く

既に「法曹」である者も、一歩手前の修習中の者も、未だ合格者ですらない者も、

みな各々の志半ばにあるという意味では同列の同志

 

何かを得る為に、全てのものを、友さえも棄ててきたのに、

気づけば真の戦友を得ていた

欲しくて仕方がない時は手に入らないくせに、

欲しがるのをやめた途端に転がり込んでくる、

いつもそうだった、人生なんてそんなものだ

 

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“タンニンがキツい”

 

5分に一回訪れる一瞬の沈黙を破るのは、

今年失権の試練を受け、メンバー中の殿を担う司法浪人生

 

“てめぇ舐めてんのか 俺よりいい酒飲みやがって”

 

口の悪い先生がいつものように毒づく

“俺の顔に泥塗りやがって お前なんか来年も受かんないよ”

 

お約束のプレイ 先生が彼をサンドバッグのように弄り

彼もまたそれを承知で罵倒という名の愛情を引き受ける

私は知っている、先生が彼に心から合格して欲しいと希っていることを

 

“あいつ、自分に似ていて、昔の自分を見ているようで放っとけないんですよ…”

 

だから私は、まるで子供のようにずっと、ずっと笑い転げていた

遙か昔の仲間たちとも、こうしてよく、笑い転げていたことを思い出しながら

 

共通言語が「司法試験」若しくは「法」であることの愉しさ

他の誰にも分かってはもらえないだろう

それは、あっさりと司法試験に合格するような者には味わえない、

苦難と挫折を重ねては自分を越えんとする者だけに備わった、

人生の深さ豊かさ、そして自虐を含んだ愉悦に他ならない

 

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人間の生き方には、2種類しかないと思う

 

利己的な生き方と、

「利他的に生きよう」とする生き方と

 

恐らくは99人が、躊躇なく前者を選ぶ

それは人間もまた「利己的な遺伝子」を持つ生物である以上、不可避であり、

所詮、利他的な生き方なんて不可能なのだ

遺伝子に逆い抗って生きること、それ自体が苦行のようなものだ、

それでも私は・・・

私は、残る1人の道を選ぶだろう、

否、選ばなくてはならないのだと、何処かで声が聞こえる

 

 

「司法試験は、受かるか、落ちるか、ではない

受かるか、やめるかだ

自分もそう言われました あなたの合格を心から願っています」

 

3年前、絶望寸前の淵から這い上がった私に贈られた言葉だ

「私にとっての司法試験は、受かるか、やめるかでもない

受かるか、死ぬかだ」

生ある限り合格するまで歩を止めないと、あの奈落を奈落とも思わず、

心折れずに立ち上がった自分を誇りに思う

 

 

もしもあの時、出逢えなければ、私は命懸けで挑めなかっただろう

志を見失い、挫折の記憶を掻き消すように、

放蕩の果て享楽の沼に堕ちては身を沈めていたことだろう

 

もしもあの時、諦めていたら、私は何も識らないままだっただろう

志に燃えた才能ある若者が、知の粋を集結させた知の殿堂で、

ソクラテスたちの対話で互いを高め合っている現実も、識らないままだっただろう

 

もしもあの時、失権していなければ、私は彼らに出逢えなかっただろう

この3年間で出逢い、この手で掴み取った、

同じ志を持つ、私の素晴らしき“同志”たちにも・・・

 

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“タンニンがキツい…”

沈黙を埋める合図ももう何度目か

夜の帳も開けようとする頃 深紅の雫を何杯空けても尚、理を失えない私

“もし今年ダメでも来年俺と一緒に受けられると思えば、それもまた楽しみやないですか”

心優しき戦友の言葉、失権という地獄を味わった者の言葉だからこそ、救済のひと雫となって隅々まで沁み亘るのだ


 

決して叶わぬものだけを夢と呼ぶのならば、

私の往くこの道は、夢への道じゃなくて、現実に続く道だ

私の「夢」は、決して叶わない・・・

叶わないから夢なんだ

 

 

“タンニンがキツ…”

静寂が続く

 

“そろそろお開きにしますか、

僕が言わないと終わりませんよね…”

私にとっての最後の先生が、会の最後を宣言する

 

“あなたが司法試験を受けるのは今年で最後にしてもらいます”

“落ちたら私の沽券にかかわるので許さない”

“あなたが合格しないということは、社会にとっての損失に他なりませんから”

 

私を支えた数多の言葉、私を変えた珠玉の言霊

それはきっと、この生き方を選んだ、私へのご褒美、

心にキラキラと煌めき続ける、生涯の宝物だ

 

 

 

夜が明けて、発表の日は6日後になった

命を懸けて挑み続けた青き日々 

出逢った導師と、素晴らしき仲間たち

そして、この手を掴んで離さなかった、私の・・・

 

 

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合格しなくたって、私は、幸せだった