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なかなかとんでもない1年だった。昨年も酷かったが、今年は更に酷かった。ひたすらワーク&ワーク&ワークで仕事のこと人様のことを考え続け、自分の事を考える時間がなかった気がする。

 

・・・が!それでもワークの合間に推し活を入れ、ひたすら推しのことしか見ていなかった1年でもあった。

 

まずは新たな人生の一歩を記念して、悲願だった「なにわ男子」のFCに入会。その少し前、10年ファンを続けていた神木隆之介のFCに、角松敏生以来実に「30年ぶり」に誰かのFCに入会していたが、想い続けて僅か2年の“みっちー”道枝駿佑の為にFC入会というのはたいへんな勇気がいることだった。

なにわ男子を好きすぎて、近所のコンビニのポップに「なにわ 男子」とあって何故ここになにわ男子が売っているのかと思ってよく見たら「うちわ 扇子」だった、なんてこともあった。

 

昨年は「アイドルのコンサート」というものに初めて参加し、「世の中にこんなに素晴らしい世界があったのか!」と新たな扉を開けてしまった。

(角松敏生ライブと)同じ横浜アリーナなのに何この光景、2万人弱の女子の熱い視線と7色のペンライト、ステージはリアルにキラキラと光り輝き、感動の余り私の頬を熱い涙が伝った。立派なジャニオタの誕生だ。

 

明けて2025年、オタ友からの「タイプロは見ないとね」の一言でtimelesz projectにハマる。「1日1タイプロ」、どんなに忙しくとも1日1回はタイプロを見て、涙して、明日への活力にする。もう100周はしただろうか、YouTubeでも見過ぎてtimeleszのトップリスナー認定を受けた程だ。中でも最終審査の“RUN”は何度見ても泣けるし、既に自分の人生のテーマソングになっている。

 

 

中でも“テラ”寺西拓人は直球で、すぐにみっちーに次ぐ推しとなった。テラのことが余りに好きすぎて、「寺に忍び込んだ男が」「寺に侵入した男が逮捕された」のニュースにもハッとしてしまうほどだ(てらにしんにゅう、てらにしのびこんだ)。

 

タイムレスのファンというよりはタイプロのファンなので、タイプロの4次審査以降の候補生で落とされた子は全員、推している。中でも前田大翔はファーストショーケースから全部行ってるし、RIOROMもFCに入会して全部行った。

 

しかし何と言っても今年一番の奇跡は、“みっちー”から確定ファンサを貰ったことで、もしかしたら人生一番の奇跡かもしれない。アリーナ前列花道横で、恥ずかしげもなく推しカラーを纏いピンクのペンラとファンサうちわを掲げていたら、なんとなんと、じっと私の目を見て、投げキッス3連発・・・リアルに膝から崩れ落ちて号泣、最早思い残すことはない、この先の人生はおまけみたいなものだと思った。あれは今をときめく王子様が、縋る下々の者に、しかも自分の母親くらいのオバさんに!情け深く施しを与えた図だった。

 

あの時の私は、24年前、サイパンで角松からハグ&耳元で「なかなかセクシーだったよ・・・」と囁かれ、膝から崩れ落ちて以来だ。(※注・サイパンでのファンイベント後のお見送り時の話。角松さんの言葉の意味は過去記事のどこかに残したと思う)

 

 

 

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そのような次第で、今やなにわ・timelesz含め旧ジャニ系だけで3つのFCに入会ししてしまい、仕事をしているか推し活しているか猫と戯れているかの3種類のみの、実にバリエーションの少ない日々を過ごしている。

今日はこれから初・カウコン。まさか自分が、カウコンに参戦するようになるとは夢にも思わなかったな。

 

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角松敏生は最早“推し”ではないし、角松ライブは全ベットしている(ライブハウスは全ステージ)が、それは身内のステージに行く感覚だ。角松は人生のバディなので、隣にいて当たり前。アイドルのコンサートで得られる非日常感や、あの特別な高揚感は失われてしまった。

 

ここ2年のステージで、久しぶりに高揚するナンバーがある。2024年発表のアルバム「MAGIC HOUR」収録の、paradice in your eyesという曲だ。但し、ホールライブVersion限定。

 

ホールライブVersionでは、曲に併せた映像が巨大スクリーンに投影され、静かで長~いイントロから徐々にグルーヴ感を高めて曲に入るのだ。元々、角松が「はいはい、みんなこういうの好きでしょ待ってたんでしょ」と角松ファン好みのダンサブルなアレンジでファンを高揚させる曲なのだが、静かで長~いイントロがとにかく「焦らしまくる」のだ。焦らして焦らして焦らして焦らしまくって、心を極限まで高め、もう待ちきれない!!!気持ちにさせてからの手拍子で、客の心の盛り上げ方を心得ている。

 

ちなみに、ホールライブVersionの長~いイントロ、どこかで聞いたことがあると思いませんか。VOCALANDの“LOVE STORY”とか、“あの日のままで”のイントロを彷彿とさせるのだが、メロディラインはそのまた昔、SEA IS LADY収録のインストナンバー、“LOVIN' YOU”だと思う。過去作角松ナンバー全てがDNAに刻み込まれている我々としては、この美しいメロディラインに心を奪われるのも当然のこと。

 

もっと言えば、私だけだと思うが、宇宙戦艦ヤマト(第1作)の、イスカンダル星に着水するシーンに流れる曲を思い出す。ガミラス星での死闘の果てに辿り着いた最後の楽園、イスカンダル。その星も崩壊するのだが、その前に訪れる僅かな安息の時に流れるBGMに似ている。

角松のライブで流れる映像も、何故かここはギャラクシー感溢れる宇宙の星々だったりするから、尚更イスカンダルを彷彿とさせるのかも。

 

 

もう一曲、久々にレビューを書いてみたくなる曲が今年、誕生した。Foegotten Shores、忘れられた浜辺。

 

この曲では、、かつてあれほどまでに忘れられない記憶を胸に秘め続けていた角松が、いつの間にか完璧に過去のものにしてしまったのだと分かる。たとえば20年前、“ハナノサクコロ”で角松は「あの場所へと向かう地図を隠した箱の鍵を探」していたのに、今作では「あの時を刻む乾いた砂時計 きっとまだどこかにある」と、探しに行く気などサラサラない。

 

剰え、幾度となく唄われる“I keep forgettin' for love”

あるいは“Keep forget My love”、

これは一見、かつての想いを綺麗さっぱり忘れてしまっているかのように聞こえる。

 

しかし、私には逆に、このフレーズこそが、忘れられないことの証明のように聞こえてならない。

勿論、あの頃の熱量はない。しかし、本当に忘れているならば、「忘れ続ける」ことも意識しないものだ。敢えて「忘れ続ける」と宣言しているということは、忘れていないことの証ではないだろうか。

 

そして忘れ続ける目的は、「愛の為に」。

これは誰に向けた愛の為だというのだろう?

 

私には、過去の愛の記憶を、そのまま残す為に、つまり「想い続ける為に」「忘れ続ける」ように思えてならない。何と逆説的な、しかし、豊かな時を重ね続けてきた角松ならではの見事な着地点だと思う。

 

 

先日のライブで角松さんは、「人生、山を登ってから下る時へシフトする時が必ず来る。いかに下るかを考える事が大事だとあって感銘を受けたが、よくよく考えたら自分はまだ登ってる途中だった」と言った。とても励まされた。

 

でも私が今、登っている山は、崖、ロッククライミングだ。一瞬でも登るのを止めたら、落下する。