人生とは

 

    

 人生について考える。

 意味を考えたときに見つかったのは宗教だった。人は必ず救いを求める。苦しいとき、何かにすがりたくなる。そんな時、宗教が助けてくれる。危険な要素もある宗教。正しい考えをもって信仰すれば、必ず人生を助ける考えとなる。私はブッタを信仰する仏教に惹かれた。

 

 宗教。私にとって無縁の存在だった。悪いものと決めつけていたからだ。「宗教に関わると良くない」そんなイメージがあった。実際、サリン事件や宗教家族の苦悩などニュースで取り上げられることが多かった。だが、知らないで決めつけていたのだと今なら思う。私の考えが変わった仏教の教えから得たことを示そうと思う。

 

 

 人生とは大海原に突如として放たれた状態と考えられる。目的地もなくただ不安の中過ごす日々。この世は苦の連続である。その苦から逃れるために、何かにしがみつこうとする。それは恋人、仕事、趣味など一時の幸せにしがみつく。仏教では一時の幸せではなく未来永劫幸せになれる大船に乗り救われる道を目指す。 

 

 

 母より生まれて、母に依存して生きる。一人では生きることができない。生きるためには食べることが必須である。母から栄養を貰うことで生きながらえる。大人になれば親と別れ、自分で食を得るために働く。そのために必死に勉強して働く。そこに新たな苦しみが生まれる。人間関係、仕事、プライベート、すべてが自由だからこそ苦しみも増すのだ。人との別れも苦となる。そして、いつか死を迎えるその日まで永遠に繰り返し苦しみを感じながら生きるのだ。

 

 ではなぜ死ぬのが分かっているのに、苦しんでまで生きなければならないのか。それは人間に生まれてきてよかった。幸せだったと思えるために生きるのだ。そのためには、目的が大切である。人生の目的をはっきりさせ、達成するために生きる。そして、目的はこの大海原(人生)を進むための希望となる。目的地がないままいるより、進むべき道が分かっていれば勇気も湧いてくる。だからこそ、目的は人生において必須だ。

 

 

 私の目的は次に定めた。

 

 一人でも多くの人の心を救う。それは自分の心をも救う。方法はたくさんある。仕事などのサービス、関わる人たちとの触れ合いなど考えられる。どんな仕事であれ、誰かに寄り添って自利利他の精神で生きていく。すべては自分に返ってくる。すべての人と繋がることはできないが、自分を理解してくれる人々を救っていくことが人間にはできるのだ。

 これが私が宗教から得た希望である。生きることに意味はなく、私たちはただ生かされている。その有限の時間をどう使い、死するときに人間として生まれてきてよかったと思えるかを実践することにあると考える。決して宗教は悪いものではなく、支えてくれる考えなのである。

 

 いかがだったでしょうか。賛否あるかと思いますが、私はこの考えによって救われ、前に進もうとできるようになりました。みなさんは何を信念に生きますか。By TK