3月12日
朝起きたら体が冷えきっていた。
6時頃:本部(消防団?)から7時より朝食の配給があるとのアナウンス。
眠くてうだうだしてから並んだらかなり後半になってしまった。
しかも列は外だから激寒。
30分以上並んで漸く貰えたのは小さいパックのわかめご飯。
全員に足りるか心配だったから3人で2つにした。
でも久しぶりの暖かい食事だったから本当においしかった。
10時頃:自分の家を見に行った。
個人行動は避けるべきとのことで3人で出発。
だが途中で1人が家族の元に戻るとのことで、仕方無く別れて2人で自分の家へ。
日が射すと暖かく人や車の往来もあり、被災地というのを忘れられる程のどかだった。
11時頃:家に到着
もちろん電気も無いので階段で7階へ上り、部屋のドアを開ける。
部屋の状況はある程度予想しいてたが、酷かった。
まず玄関にパスタがばらまかれており廊下では台所用品が散乱する中、土鍋が割れていた。
幸いなことに、食器類は洗い残していたのでシンクの中で無事だった。
そして部屋。
ありとあらゆる物が倒れていた。
本棚、たんす、テレビ…まさに足の踏み場も無い状態だった。
一番心配していたテレビは外傷は見られなかっただけ安心した。
とにかく7階で余震も怖いので急いでスーツを着替え、衣類など持って出た。
そこからは車で会社に行ってみた。
カーラジオで情報を得られ携帯も充電でき、車の重要さをとても感じた。
信号が付いてないので細心の注意を払って運転。
停電ながらも主要な信号は着いていた。
13時頃:会社に到着
ビルを改めて見てみると柱に大きな亀裂が。
人の気配も無い。
電気も通っておらずカードキーが使えず中には入れなかった。
15時頃:避難所に戻る。
天気も良くさほど大きな余震もなかったため、会社の人の家からワンピースを10冊避難所に持ち込んだ。
寝ながら読んでいたが、疲れていたのか2話ぐらいで眠ってしまう。
17時頃:夕食の配給
夕食はおにぎり一つと豆腐の味噌汁。
やはり暖かい食物はすごくありがたい。
配給してくれるのは避難民の中の有志ボランティア。
本当にこの人たちは凄いと思う。
食後、辺りが暗くなってくるにつれ電気の無い体育館内も薄暗くなってくる。
一度車にラジオと携帯充電のために行き、体育館に戻ってからは毛布で包みまくって寒さの中21時頃就寝。
