高校の3年間は担任に恵まれた。組が違った周りの友人たちもそう言っていることを考えると、この時代の熱田高校はいい先生が集まっていたのかもしれない。今はどうなんだろう?
進学校というには偏差値がいまいちだった当時の熱田高校。
受験から解放され、3年間遊ぶことしか考えていないような男女がおもに集まる高校だ。
入学式に集まったのは、ほぼ半分くらいがパーマくるくる君やスカートで床掃除しているようなスケバン刑事。当時は「3年B組金八先生」の第1シリーズが放送されていて、たのきんトリオと同級生だったためか、マッチ風や三原じゅん子風がたくさんいた。女子の髪型はほぼ聖子ちゃんカット。入学式が行われた体育館は松田聖子のコンサート会場のようだった。
式典が終わり、貼り出されたクラス分け表に従い教室へ向かった。102と書かれた教室に入るとやはりそこもコンサート会場小ホールだ。その中にちょっと目立つ生徒がいた。詰め襟では無くブレザーを着てネクタイを締めている。この地方では公立の中学・高校の男子は詰め襟の制服が普通だ。私立の中学校から来たのかなぁと思ってみていると、その生徒はスタスタと教壇まで行き、黒板に自分の名前を書き挨拶を始めた。
「今日から1年間担任を務めることになった出井です」。
ざわめきが起こった。えっ先生だったの?とマッチや三原じゅん子たちがつぶやいた。先生より老けてるやつがいっぱいいるじゃん。杉田かおるがいたら驚きのあまり妊娠していただろう。
体育教官で陸上部顧問という事もあるかもしれないが、当時の出井良直先生はそれくらいの若々しさだった。いつも青いジャージをはいて、地面から2,3cm浮いたような軽やかな歩き方をしていた。まるでリニモのようだ。教壇ではなく生徒の中に溶け込んでいたイメージしかない。新卒だったか2年目だったか忘れてしまったが、とにかく初めての担任を任され相当気合いが入っていたのであろう。金八先生の影響で、教える側でも熱血先生がちょっとしたブームだったのかもしれない。
今思うと失礼な話だが生徒からは「君づけ」で呼ばれ、今で言う「ため口」で誰もが気軽に話しかけていた。たのきんトリオと武田鉄矢のような感じ。
トシちゃんの年齢詐称が発覚するのはもう少し後だが、誰もが出井先生の年齢を疑っていた。