高校の3年間は担任に恵まれた。組が違った周りの友人たちもそう言っていることを考えると、この時代の熱田高校はいい先生が集まっていたのかもしれない。今はどうなんだろう?
210の時の担任は加藤義昭という英語の先生だった。加藤姓の先生が何人かいたことから、生徒たちは失礼にもそれぞれ名前で呼び分けていた。「ヨシ」「よっさん」というのが加藤義昭先生の愛称だった。麻雀パイの索子(そうず)の八のような生え際だったため「Mハゲ」という心無い呼び方をする悪人どももいた(ごめんなさい)。
よっさんには2年の担任に引き続き、3年もReaderでお世話になった。1年の時は他のクラスの担任だったので、強面の恐ろしそうな先生というイメージしかなかった。ちょっと色の入ったメガネもかけていたし。おまけに恐ろしいほどのヘビースモーカーで、歯はヤニで黄色くなり、近寄るといつもたばこの臭いがキツかった。ロングピースだったかハイライトだったか、今考えれば毒でしかない強いたばこを吸っていた。「だから近寄っても俺たちが吸っとることはバレんのだて〜」という悪人どももいた(ごめんなさい)。
そんな恐ろしいイメージしかない1年生のある日、放課後の溜まり場となっていた「スズラン」という小さな喫茶店に僕たちはいた。たばこを吸いながら雀ピューターやギャラガ(インベーダーはすでにちょっと下火)に熱中していた。学校から少し離れているから安心していたのだけど、ふと窓の外を見るとよっさんが自転車で走っているではないか。いわゆるママチャリではなく、八百屋さんや魚屋さんが乗るようなちょっと大きめの自転車、加トちゃんが三角乗りする自転車と言えばわかりやすいか(わからない方すみません)。
その自転車のハンドルに両肘をかけ、いわゆる「力石乗り」で走っているではないか。もちろんトレードマークのくわえたばこも忘れていない。おもむろに自転車を飛び降り、豚を次々と殴っていくのではないかというくらいの迫力で(これもわからない方すみません)。
やばい、と思って全員テーブルの下に隠れた。学生服は脱いでいるけど、表に自転車がたくさん停まっている。高校のステッカーも貼ってある。悪人どもがたむろしているのはひと目でわかる。でもよっさんはまっすぐ前を見てそのまま走り去って行った。「おい見回りしとるんか?」「後を付けられとったんじゃないか?」「ここもヤバいか?」などなど様々な意見が出たが、結局その後も喫茶「スズラン」に通い続けた。
それからもちょくちょくよっさんは店の前を通っていった。後日その喫茶店に居合わせた熱田高校のOBという常連さん(たぶん浪人生)に聞くと、「あいつ(よっさんのこと)は熱田高校のOBですぐそこに住んどる」とのことだった。なんだ、ただの通勤路だったのか。気づかなかっただけでよっさんは毎日この道を通っていたのだろう。部活の顧問をやっていなかった(映研?)からか帰りの時間はまあまあ早く、部活もやらずにたむろしてダベっていた僕らと時間が重なった。
「♫たばこを吸いながらいつでもつまらなそうに〜。たばこを吸いながら困ったような顔をして 遅刻の多いぼくを口数も少なくしかるのさ〜♫」。RCサクセションの「僕の好きな先生」を聴く度によっさんの事を想い出す。
おそらくよっさんは僕たちに気づいていたんじゃないだろうか。