今はどうかわからないけれど、かつては指定校推薦制度というものがあり、僕が通っていた頃の熱田高校にも慶応大学への推薦枠が2つ(理系と文系?)あった。通常入試であれば、慶応くらいの偏差値だと宝くじ百万円当選レベルの倍率をくぐり抜ける相当な「実力」と、これまたロト6・3等当選レベルの「強運」が無ければ絶対に合格できない。それが面接だけで通ってしまうと言う夢のような制度だ。おそらく成績優秀、態度・素行良好な生徒が代々推薦され、2名ながら枠を維持してきたのだろう。
担任の加藤コーサイがある日、始業時にそれをクラスで伝えた。「我こそは、と思うヤツはオレまで言ってきてくれ」。夏以降の追い込み時期に受験勉強が上手くいかず悩んでいた僕は何を思ったか「我こそは!!」と思ってしまった。それでも自分の実力と素行のあまり良くない所を自覚していたので、下校時に偶然を装ってコーサイを捕まえて聞いてみた。「先生、オレ慶応の推薦ダメかな?」。さりげなく、ちょっと冗談っぽく聞いてみた。
その時のコーサイの顔は今でも忘れられない。一瞬ギョッと目を見開き、しばらくすると遠くを見つめるような優しい表情になって言った。「オレがオマエを推薦することはできる。でもなぁ、まず校内選考で落とされるわな。仮に面接に進んだとしてもそこも危ない。そのまま合格して入学したとしても、来年からの推薦枠は無くなるわな」。いやいや入学後のことまではわからんだろ、とちょっとカチンときたけど、あくまでもちょっと聞いてみた感を残しながら「だよねー」と素直に引き下がった。「今からでも十分時間はある。一般入試で頑張れ」と肩をたたき励ましてくれた。でも、一般では無理なことは先生が一番よく知ってるじゃん。
その後、やはり学力は一般入試でチャレンジするレベルには達せず、他校をいくつも受験した結果わずか1校に引っかかりかろうじて浪人生活は免れた。宝くじは買わなきゃ当たらないけど、買ってもほとんど当たらない。それ以来、毎回半分諦めながら中途半端な気持ちで宝くじは買い続けている。最高当選額は5万円だ。これがリアルな現実だろう。
今も熱田高校に慶応大学の推薦枠が残っているとすると、あの時のコーサイの判断が正しかったのだろう。推薦枠が無くなっているとしたら、僕と同じような「我こそは」勘違い野郎が潰してしまったのかもしれない。
当時はあまりに図々しいと思ったのか、このことは友人たちにも言っていない。あれから40年近くたつが、あの時推薦されていたらその後の人生はどう変わっていたんだろう。いずれにしても無下に却下しなかったコーサイには感謝している。あれ以降ちょっとは頑張れたような気がする。浪人生活を避けられたのもコーサイのおかげかもしれない。結局、同じクラスの女子が文系枠に推薦された。受験シーズンを迎える度にコーサイのあの表情を思い出す。