今日、8月6日は広島の原爆の日になる。
昨夜、NHKラジオの高橋源一郎の飛ぶ教室at広島を聞いていた。冒頭の高橋氏の話を聞いていて、涙がこぼれそうになった。ほんの隣にいた人が原爆の被害を受け、自分は助かるという境目で何が起きていたのか。高橋氏の母親は隣の人の手前にいたことで、原爆の被害を逃れ、高橋氏は生を受けた。これをどうとらえるべきなのか。
ゲストは古市憲久氏と堀川恵子氏である。堀川氏は広島を中心に活動しているノンフィクション作家である。被爆者から多くのことを聞いて文章にもしている。その話の中で、一瞬にして亡くなった方々の思いを伝えることのできない苦悩を話していた。
広島の原爆で14万人の方々が亡くなっている。しかし、広島市のHPでも「どれぐらいの方が亡くなったのか、正確にわかっていません」としている。いつもの日常を過ごしていた方々が、一瞬にしてその生活が途切れ、亡くなっていった。その瞬間の思いを我々は知ることができない。
古市氏は被爆者の方との対談で話を聞いている。この聞くということによって何かが伝わっていくことになる。
聞くという行為で後悔していることがある。親父の兄の話になる。親父の兄はガダルカナル島に行っている。その時の話をずっと聞きたいと思っていた。聞きたいと思ったのは、私が50歳を過ぎた頃である。それまでは「戦争の話か」と思っていたが、ある時から「聞きたい」から「聞くべきだ」になっていた。しかし、その兄も亡くなった。親父も亡くなった。親父にも聞きたかった。この日、遠い山形で何を感じたのか。遠い広島のことと思ったのか、それとも何かを感じたのか。
一瞬の閃光の下で、市民は何を思ったのか。そして、なぜ広島なのか、なぜ長崎なのか。なぜ原爆を使ったのか、使わなければならなかったのか。知る必要があるように思う。そう思うのは60も過ぎたからだろうか。