米騒動とスタバ | かのっちのブログ

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エッセイのように、散文のように

 米の問題がひと段落したのか。

米が不足していると騒ぎ始めた頃から思っていたのだが、日本人はそんなにご飯を食べているのだろうか。高齢の私の生活では、朝はパン、昼は麺類、夜になってようやくご飯を食べるという食生活になっている。5kgのお米を消費するのにかなりの時間を要する。世間的にも、小さな子どもさんがいる家庭では、朝はパンというところも多いだろう。田舎では朝からご飯だろうと思うかもしれないが、そうでもないのではと考える。お米が少なくなるという危機感によって、お米を求める行動が生まれることにもつながる。それともう一つは、日本人はそんなにお米の味を分かっているのだろうかということ。新米を食べて「美味しい」と言っているニュースを見かけるが、その味を分かっているのだろうかと考えてしまう。高齢の私はあまり分からない。炊き方の問題もあるだろう。我が父は米を作っていても、炊き方は知らなかった。新米を通常通りの水加減で炊いた後に、べちゃっとしたご飯を食べていた。本当にお米というものを理解して、食生活に合ったお米の買い方をすることが望ましいように思う。

 同じことが、コーヒーにもいえる。スターバックコーヒーをはじめとして、珈琲を扱う店がどんどんできている。それを見ていると、いつから日本人はこんなに珈琲を飲むようになったのだろうかと考える。旅先でインバウンドの方々を見かけるのは、マクドナルドとスタバである。店はインバウンドの方々でいっぱいである。彼らはどちらも自国でよく利用するだろうから、店を見つけると安心して入れるのだろうと思う。若い人に聞いてみると、「スタバにはいろいろなものがありますから、珈琲だけじゃないですよ」と言う。となると、日本ではスタバを利用することがファッションなのだろうか。すると、お米を求めに行くこともファッションなのだろうか。

 人の行動とは面白い。特に、日本人の行動はおもしろい。昔、トイレットペーパーを求めて店に殺到することがあった。その当時の私はザラ紙のちり紙を使い、ボットン便所であったので、トイレットペーパーなど気にもしなかった。