おじさんが「鬼滅の刃」を見る | かのっちのブログ

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エッセイのように、散文のように

 以前から気になってはいたが、「鬼滅の刃」を見ている。はまっているという訳ではないが、見ている。その理由は背景が大正時代というところにある。

 大正時代とはどういう時代がったのか。大正時代というのは15年しかなかったわけだが、そこにたくさんのことが見え隠れするように感じている。1番に興味をもったが、この大正時代とは私の祖父母が竈門丹次郎の歳だったということである。私の祖父母は大正時代を少年少女として過ごしていたことになる。祖父母がどんな少年時代を過ごしていたのか。逆に、竈門丹次郎が歩んでいる姿が、もしかしたら祖父母の歩みと重なるのではないかと思うところがある。

 楽しく過ごすこともだきたのだろうが、日本は戦いに向かおうと進んでいく。その時にどんな少年時代を過ごしたのかが少しは垣間見れるように感じている。すると、そんな子どもたちにとっての「鬼」とは何だったのか。「鬼」を滅することによって、何を得ることができたのかと考える。大正という時代に、少年・竈門丹次郎は誰と、何と、戦っているのかを感じたいと思っている。それが

 祖父母が少年だったころのことなど、全く気にすることがなかったが、それを考えさせるようにしてくれたのが「鬼滅の刃」ということになる。草葉の陰で笑っているかもしれないな。