生まれ変わり・・・樹の上に7年 | 日常生活で身につける感情体のコントロール!元鉄骨鳶のよしゆき

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つまり・・・
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前回に引き続き、生まれ変わりの事例を紹介します

 

 

 

 今回は他の考えをミックスして考察してみましょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガパオ君は、1962年2月12日に、タイのナコーンサクン省ドンカ村で生まれた。

 

お父さんはドンカ村近郊のある学校の校長を務めていたため、ささやかな収入しかないものの、ある程度の教育は受けていた。

 

 

まとまった話ができるようになるとすぐに(あるいはおそらくはそれ以前から)、ガパオ君は前世について話し始め、徐々に具体的な内容を家族に話して聞かせるようになった。

 

 

それによるとガパオ君は、ドンカ村から9キロほど離れたファタノン村の出身だというのである。

 

また、トムヤムという前世の人格の名前とともに、トムヤムの両親の名前を口にした。

 

 

 

ナイフや自転車など、かつて自分が持っていた物についても語り、家で二頭の牛を飼っていたことも話した。

(現世のガパオ家では牛は飼っていない)

 

最終的に本人は、ファタノン村で行われた村祭りの日に、ふたりの男に殺された時の模様を語ったのである。

 

 

犯人たちは本人に数か所の刺し傷を負わせたうえ、腕時計と首飾りを奪い、野原に遺体を投げ捨てて逃走したという。

(以上の話をガパオ君がしたのは2歳ごろ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガパオ君によれば、トムヤムが死んでから本人は、現場付近の樹上に7年ほど留まっていたという。

 

 

そしてある雨降りの日に、現在のお父さんの姿を見つけ、バスに乗って自宅に帰る父親について行ったというのである。

 

 

 

ガパオ君のお父さんがその後思い出したところでは、お母さんがガパオ君を妊娠して間もないころ、ファタノン村まで出掛けたことがあったという。

 

そこで行われたある会合に出席したのであるが、その日は雨が降っていたというのである。

 

ガパオ君のお母さんは、妊娠する前に殺人現場周辺にタケノコ狩りに出掛けたことはあったが、妊娠するどのぐらい前かは覚えていなかった。

 

またファタノン村のトムヤム一家が住んでいた地区には一度も足を踏み入れたことはなかったという。

 

お父さんは職業柄、ファタノン村の教師たちとある程度の面識があったが、ファタノン村に親戚はいないし、実際に付き合いのある人物もいなかった。

 

お父さんもお母さんも、トムヤム殺人事件を耳にしたことは一度もなかった。

 

 

 

ガパオ君は殺された時点ではまだ青年だった。

 

 

ファタノン村のようなところで殺人事件が起こると、その知らせはドンカ村をはじめ周辺の村にも届くであろう。

 

とはいえ、この辺りでは殺人事件は頻繁に発生するので、周辺で発生した殺人事件を住民が全て覚えているとは考えられないであろう。

 

また、トムヤムはガパオ君がこの事を話すようになる10年以上前に殺されているので、ガパオ君の両親はトムヤム殺人事件を聞いたことがあるかもしれないが、ほとんど注意も払わず忘れてしまった可能性が強いように思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガパオ君が語った内容については、トムクムの家族に伝わり、何人かの家族がガパオ君に会うためにドンカ村までやってきた。

(この頃ガパオ君2歳半ほど)

 

その後ガパオ君は家族とともにファタノン村に出掛けた。

 

このような行き来によって、ガパオ君が前世について語った内容のほとんどが事実と確認されたのである。

 

 

 

トムヤム殺人事件についてガパオ君が語った中には、刺殺された時の模様など、私や私の情報提供者の調査でも確認出来ないものがあった。

 

検死が行われなかったのである。

 

 

殺人犯の一人は速やかに逃亡し、もう一人は逮捕され裁判にかけらえたが、証拠不十分のため釈放された。

 

とはいえ、私が面会した何人かの警官は、この殺人事件をかなりよく記憶しており、殺人犯と目される人物の名前など、ガパオ君が語った内容の一部については事実であることを証言してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本例に関する記事が、1965年3月にタイで発行された各紙に掲載され、ある人がその切り抜きを私に郵送してくれた。(私はアメリカ在住)

 

ナコーンにある国立病院の院長ソフォン博士は本例に関する予備的調査を1965年に行った。

 

私が本例の調査を開始したのが翌年の1966年である。

 

私はドンカ村とファタノン村に住む双方の家族に対して面接を行い、その後も調査を継続していた。

 

私がガパオ君とその両親に最後に会ったのは1980年3月であった。

 

 

 

ガパオ君の変わった行動は、前世にまつわる本人の発言と同じぐらい一家の注目を引いた。

 

前世に関連した発言が一番多かった時期には、手を洗うときなどに、家族のものからすると不潔な行動を示したし、両親には理解できない言葉をかなり使っていた。

 

ガパオ君はまた、家族があまり食べないものや喜んで食べないようなものを非常に好んだ。

 

トムクム一家はタイ人が、清潔という問題については自分たちよりも気を配らないと考えているラオス人であり、ガパオ君が口にしていた聞きなれない言葉はラオス語だったことが分かった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

本例は、真性異言(習ったことがない言葉を話す能力)の有力な事例だと主張したいわけではないけれども、ガパオ君の家族の中には、本人が口にした単語を使う者はいないので、私からすると本人がそうした言葉を通常の方法で身につけた可能性は考えにくい。

(ガパオ君にラオス語を教えるような人はドンカ村にはいなかった)

 

 

ガパオ君が好んだ食べ物は、ラオス人が一般に好んで食べる粘り気の強い米飯であった。

 

タイ人もこの種の米飯を食べないわけではないが、ガパオ君の嗜好は、タイの家族よりもトムクムのラオスの家族の方にはるかに近かった。

 

 

ガパオ君は、トムクムを殺害した犯人は許せないという態度を示し、機会があれば復讐してやると何年か言い続けた。

 

時折、武器のつもりで短い棒を持ち、トムヤムの殺害犯に見立てた杭を殴りつけることもあった。

 

その際いつもガパオ君は、二人の名前を口にしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

多くの事例と同じく、ガパオ君も大人の自分が不当に子供の体に幽閉されていると考えることが時おりあった。

 

しばしばガパオ君は、”おとな発作”とでも言うべきものを起こした。

 

大人のように歯を磨き(タイでは子供は歯磨きしない)、床屋でヒゲを剃ってほしいと言ったこともある。

 

 

 

ガパオ君は同年代の少女を無視したが、思春期を過ぎた若い女性に近づいた。

 

それに対して女性たちはひどく驚き、警戒すらしたのである。

 

ガパオ君一家に訪れたことのある女性は、長く泊まるつもりで来たのだが、ガパオ君に抱きしめられそうになったので、早々に退散した。

 

とはいえ、ガパオ君には少々好色なところがあったものの、そればかりではなかった。

 

仏教の修道僧になりたいと言い出すこともあったし、手元にある生地で修道僧用の法衣を作ってほしいと言うことも少なからずあったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このように、少々対立するガパオ君の二つの衝動は、トムヤムの態度と符合するように思われる。

 

トムヤムには、本人が死亡したとき、将来を約束しあっている恋人があった。

 

それと同時に、トムヤムは宗教にも強い関心を寄せ、修道僧になるつもりだと人に話していたのである。

 

 

 

年長になるにつれ、ガパオ君の前世記憶は次第に消失していった。

 

村では何人かの子供に、『二回生まれた子』と呼ばれ、からかわれていたため、実際以上に記憶がなくなっていることにしていたのかもしれない。

 

いずれにせよ、前世の話を人にすることがなくなったため、10歳までにその大半を忘れてしまったのではないかと思う。

 

ガパオ君の変わった振る舞いも、イメージ記憶の消失と共に減少してきて、次第にどこから見ても正常な発達を遂げるようになった。

 

 

私が最後に対面した1980年には18歳の青年になっており、ナコンの学校で勉学に励んでいた。

 

この時、ラオス人を思わせる行動のなごりとして見られたのは、粘り気の強い米飯を相変わらず好むことくらいのものであった。

 

 

 

 

 

 

以上イアン・スティーヴンソンさんの『前世を記憶する子どもたち』からタイの事例でした

 

 

本文変更点

ガパオ君→ボンクチ・プロムシン

お父さん→バルモン・プロムシン

お母さん→サワイ・プロムシン

トムクム→チャムラット

ソフォン博士→ソフォン・ナクファイラジ博士

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

今回の事例で私が衝撃を受けたのが『樹上で7年』の記憶ですね

秘教の文献と照らし合わせて考えてみます

 

 

秘教の論文では、私たちの魂は3重の体を持つとされております

 

肉体(エーテル体)

アストラル体

メンタル体

 

 

一般的な死を迎えると、まずは肉体を脱します

そしてアストラル体を脱し

メンタル体を脱し

魂だけになります

 

そして転生に入るときは逆の流れ

魂はまずメンタル体をまとい

次にアストラル体をまとい

そして生まれてきます

 

 

 

 

今回の事例を鑑みますと、魂は以前と同じアストラル体を身につけ転生したってことで、予想通りでした

となると、メンタル体も以前のものを引き継ぐと考えて良いでしょう

 

 

ですので、よく聞く、死んだら『以前と同じ所からやり直し』って事の確実性が増しました

 

 

クリアしてない問題は、クリア出来てない状態からスタート

逆にクリアした問題はクリアしてるので、問題になってない人生からのスタートって事ですね

 

 

また、樹上に7年いたのは魂が脱ぎ捨てたアストラル体だけの存在

想念の塊りってことになりますね

魂の抜け殻ですね

 

この記憶が残る現象は、情緒体、アストラル体が継続している証拠になりますので、私たちの顕在意識に自覚が無くても、潜在意識下に過去全ての人生が刻まれていると思っても良いのではないかと考えます

 

 

 

また前世での記憶している物事が情緒、欲求に関することが多いことから、だいぶアストラル体が優勢を占めている人格だったことが伺えます

まぁ人格、考えが成長する前、青年の時分に殺害されたので十分な経験があるわけではないので、これはしょうがない話です

 

あまりに強い情緒体の影響で、生涯を超えた記憶の持ち越しになった一因ではないかと考えます

 

 

 

死亡した場所の樹上で待機し、魂と合体したら行動開始ってことで動き出すんですね

 

 

 

 

次回も他の事例をみて、色々考察してみましょう~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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伝導瞑想会

毎週日曜日午前8:00~9:30

 

伝導瞑想とは奉仕の瞑想と言われております

やり方は最初に大祈願を唱えた後、眉と眉のあいだに意識を集中するだけの簡単な瞑想です

 

 

 

簡単な方法の奉仕を目的としたこの伝導瞑想、1年間行うと10年15年個人瞑想を行うのに匹敵するほどの進歩が得られるそうです

 

 

 

ですが、自身の成長、悟りの為などの利己的な思考があると得られるものも得られません

奉仕を目的として瞑想を行い、その結果として進歩を得る・・・ということになります。


この方程式は真実ですので、邪な考えはスポーンと手から放って心穏やかに参りましょう

 

 


もっと詳しく伝導瞑想について知りたい方は伝導瞑想をキーワードとして検索されてみて下さい

 

 

 

会場は東京都中央区、馬喰町の交差点そば

ホリスティック・スペース=アクエリアスです
アクエリアスのHPhttps://www.holisticspace-aquarius.com/
 


毎週日曜日の午前8:00~9:30
 


事前連絡いりません
記名、受付ありません
途中参加、途中退室自由です

 

 

また会場は無償提供頂いており、参加費は無料~ドネーションとなっております

(ドネーションはシェアジャパンか石川道子さんに全額寄付致します)

 


 

 

JR総武線快速 馬喰町駅・都営新宿線 馬喰横山駅より徒歩1分

日高屋が入っているビルの4Fです

 

 

また目の前の清洲橋通りはパーキングメーターが設置してあります
日曜日は時間外なので駐車違反になりません
無料で駐車出来るので車でお越しも可能です

 

 

 

朝のさわやかな時間帯に、心地よい『ホリスティック・スペース=アクエリアス』の空間で一緒に瞑想しましょう

 

 

 

担当連絡先

竹谷 吉之

たけや よしゆき

080-5485-4711

 

 

 

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