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旧名:ソシペンス・ドラマ 「浪速の9人」、tk39fishのブログ

座談会告知もしたし、あとはまったりと2015年が去っていくのを待つだけ・・・と思っていたら、ソシコンのレポをまだやっていないことに気付く。まあ、Twitterでも宣言してしまったし、覚書程度に書いておこうかなと、いうわけで4thツアー『Girls’Generation~Phantasia~in JAPAN』、神戸2日間の出来事を振り返ってみるとします。

当初3日間エントリーの予定だった神戸公演。僕のオマヌケミスと家庭の諸事情絡んで、初日はやむなく見送り。残り2日間も、随分とチングの皆さんにご迷惑をおかけしての参加となりました。持つべきものはソシチング。まあ、毎回いろいろ感謝することばかりですが・・・今回は本当に痛感いたしました。みなさん、ありがとう。特にちょろしでさんありがとう。

■恒例のさかなポジション解説

そもそも今回のツアー、全6公演ということで、広島、福岡、大阪も無くなり、神戸の3日間に西日本勢が集中したせいか、抽選に勝ち残ることすら難しい状況でしたね。FC先行でも軒並みハズレる仲間がいる中、せっかく当たっていた18日のチケットを入金ミスでフイにしたのは、何を隠そうわたくしです・・・(-_-;) 毎回共同でチケット確保に奔走するちょろしで様からは「何をしてんだ、バカヤロウ!」とののしられましたが、商売繁盛で神戸公演に参加できなくなった、つよにぃ~さんのおかげで、2日間ともアリーナという栄光に預かることができました。つよにぃ~さんありがとう!熱湯地獄の鬼さんにもよろしくお伝えください。

会場の元画像は「少女時代トレカ研究所」さん制作のものをお借りしました。


■ラメキラキラなミュージカルタイム:オープニング~Paparazzi

シンプルなステージ形状とは逆に、ステージ上のセットは3rdコンのセットにさらに電飾追加したような複雑なものになっていました。奥行きも横への広がりもあって、なおかつリフトアップする部分も多層化してましたね。一番特徴的だったのが、宝塚のような大階段。オープニングのムービーも、これまでのようなモニター投影ではなく、舞台前面いっぱいに張られたスクリーンへの大写しになっていました。そのスクリーンがバサッ!と落とされると、おもむろにポーズを決めた8人が大階段上に姿を現し、オープニング曲の「You Think」にあわせてステージへと降りてくる流れ。ソウルコンベースのプログラムということもあって、JAPANツアー初の韓国語曲でのスタート。新鮮でしたねー。2曲目は「Genie」の日本語版でしたが、こちらも新アレンジを持ってきてくれて、これはこれで新しかった。そして最新アルバムからの「予感(Bump It)」。いったんセンターステージまで出張っていたメンバーは、再びメインステージまでに戻って、大階段上に散らばって、ピンクのラメラメステッキを片手に踊ります。途中、ソロダンスになり、ここでようやく背後のスクリーンに名前が出る演出。これまでオープニングムービーでやっていたメンバー紹介を、ここに持ってきているのも新しい。その後の「Show Girls」「Paparazzi」までの流れは『CHICAGO』的な、ブロードウェイミュージカル風な演出となっていた気がします。

以下の画像は「エンタメコリア」ほかからお借りしました。

■ラブリーキュートなお時間:Kissing You~Paradise

これまでのライブでは、もう少し後半に用意されていた「可愛い系」プログラムですが、今回は早い段階で持ってきましたね。センターステージ上には、メリーゴーランド風のセットが組まれ、全然似てい・・・いや、可愛いメンバーアニメのムービーが流れます。メンバーが声をあててるんですが、まあ、そのなんというか・・・長いわ!(笑) やがて「Merry Go Round」がバックに流れメンバー登場。カラフルなステンドグラス風柄のワンピで「Kissing You」がスタート。こちらも日本語歌詞のない韓国曲ですが、すっかり日本でのライブでもお馴染みになりましたね。可愛い系コンテンツでは外せない感じ。さすがに昔のようにキャンディをフリフリ踊る、といったことにはなりませんが、それでも古参SONEにはたまらない一曲ではあります。2日目の席はセンターステージの右斜め前くらいだったのですが、ここでトトロのファンサボードを出して、パニ山さまに見つけていただいたのが、2日目、唯一のファンサらしいファンサでしたな。

そして「Oh!」の日本語版を、ワンコーラスほどやってみせると、そのまま「Beep Beep」へ。今回の「Beep Beep」はメインステージを使っての神経衰弱ゲーム。神経衰弱といってもさすがにガチで当てにいくわけではなく、あらかじめ決められた箇所のボタン映像を押していく・・・という感じなんですが、たまに押す場所がずれたり、間違えたり、そのへんなんかゆる~い時間でしたな(笑) このセクションの最後は「Paradise」。花が舞い踊る映像をバックに、花でデコレートされた椅子に座っての演出です。曲の終わりにあわせて、中央からフォトボックスがせりあがってきて、メンバーが何人かずつに分かれてボックスへ。これが、次のバラ売りコーナーへのつなぎですね。幕間のムービーは、アーティウムのホールロビーで撮影したもので、僕がこの前のテヨンコンで体験したプリクラボックスが使われてました。AGITOのディスプレイが写っていたので、テヨンコンの時期に撮影したっぽいです。




■復活のバラ売りタイム:Adrenaline~Push It

Twitterとかで見ていると「はじめて」的なコメントもありますが、実は2011年の1stツアーでは存在していたバラ売りタイム。もともと本国でのライブではお決まりだったので、今回もソウルコンのプログラムベースゆえの復活という感じですね。トップバッターはやっぱり、この3人ということでTTS。テレビでお馴染みのソファではなく、プロジェクションでボードの前で立っての演出だったので、オッサン待望の足組み変えシーンは見れませんでした(-_-;) このプロジェクションの映像に立ち位置合わせるのに3人がなかなか苦労していて、3日めのステージでは後半、あまりにズレズレになっているのに、パニ山さんとテヨンが苦笑していたのが思い出されます。



続いてはユナ&ソニーの凸凹コンビによる「Sugar」。昨年9月に発売されたMaroon5の5thアルバムに収録されているナンバーですが、まさかの男バンドの曲をやるとはねえ。このチョイスはユニバだからなのかなあ・・・。まあ、でも違和感なく歌い上げておりましたね。今回、巷で話題になったのは曲よりも、2人が歌いながら左右スタンド通路を歩くというパフォーマンスでした。確かにスタンド組には嬉しいサプライズではあるものの、エキサイトしすぎてちょっと目に余るシーンもあったようです。笑顔を一生懸命キープしながら、でもやっぱりビクビクした表情で目の前に伸びてくる手をよけながら歩く二人が、ちょっと不憫に思えた人も多かったかもしれませんね。ファンサイトにアップされた動画コメントでソニは「近くで逢える楽しさを感じました」と言ってくれていますが、あれはやっぱり怖いと思うんだけどなあ・・・。それでも最後はセンターステージで笑顔のポーズを決めてくれる2人は、やっぱりプロです。



バラ売り最後は、これも絶対若い人は知らないであろうSalt N' Pepa(というか僕も知らなかったですw)。女性ラップグループの祖ともいうべき3人組だそうで、今回、スヨン、ユリ、ヒョヨンがカバーした「Push It」は1986年のデビューアルバム収録曲。ミリオンセラーになったとか。そして曲も80年代なら、3人のファッションもベッタベタな80年代で、いやー、よくあんな衣装探してきたなあ(笑) オリビア・ニュートンジョンの「Physical」か、スターボーの「ハートブレイク太陽族」かって感じです(このたとえとか、30代くらいまでの人には解らんだろうなww)3人ともノリノリというか、まあどこまでマジメなのか解らない感じでしたが、スヨンのチカラコブを作る時の表情がやたらと笑えましたね。参考までに「Push It」の動画貼っときます(笑)

Salt-N-Pepa - Push It



■果たして投稿動画企画は成功なのか?w:Lion Heart~Gee

幕間のムービーは「ガールズトーク」をテーマに、8人が最近の話題についてワチャワチャと会話する様子が流れます。これはこれで楽しい。相変わらずのテヨンさんのテンションの低さと、他のメンバーのテンションの高さのギャップが印象的(笑) 話は、パニ山さんの友人が最近彼氏ができましたというあたりから、じわじわとLion Heartネタに持っていく感じになりますが、毛深い男が好き、という流れから、なぜかスヨンのせいで長い鼻毛を編み込んで・・・みたいな、どうしようもないネタに。こういう展開がソシらしくていいですよね(笑) 「Lion Heart」は初めての日本での生披露のはず。「Party」にいたるまでのこのあたり、なんだかボーッとしていてよく覚えてないんですよね・・・うーむ。



で、かねてより動画募集していた「Gee」がここで入るわけですが、直前のMCでも「私たちが一番楽しみにしていた」的なことをスヨンとかが言うわけですが、2日間とも投稿動画を見ている余裕はありませんでした(笑) あれはあれでいいのかなw ステージは曲中で、前・左・右と陣形を変えながらやるお決まりのパターンで、お決まりのパターンなんだから、投稿動画のほうを見ていてもいいんでしょうが、やっぱり、そら本人たちのほうに目がいきますわな~。自分の動画が流れてた!って察知できた人は何人いるのでしょうかw




■サイバーなセットで男前タイム:Mr.Mr.~Mr.Taxi

ユナさん独壇場のムービーが終わると、舞台奥から8角形の物体がセンターステージへと滑り出てきます。8つの各側面は液晶ガラスパネルのようなもので出来ていて、マトリックス風な映像が投影されたと思えば、一瞬で普通の透明なガラスに切り替わって中のメンバーが見えたりする面白いギミック。グルグル回るその箱の中で「Mr.Mr.」を日本語版で歌いつつ、最後は扉を開けて外に出てくるという演出でした。2ndコンサートあたりから定番化した、Paparazziボックスの進化型という感じ。これは結構お金かかってんじゃないかなーと思いながら見ていました(オトナっていやですねえ・・・)。続けて「GALAXY SUPERNOVA」「The Great Escape」「Run Devil Run」「Mr.Taxi」は、ステージの端に設置された等身大のLEDパネルボックスの中に、メンバーが隠れたり出てきたり・・・。タイミングにあわせて、パネルの前面にメンバーの映像が投影されるのですが、まあ、なんかこう、あんまり意味ね~な~とか思いながら見てました。すんません。アリーナのステージそばだと、演出というよりも邪魔になって・・・ww 3日めはちょうど、ステージ奥右側のボックスの真横の位置だったんですが、例によってファンサボードをアセアセとめくっている姿を、ボックス内で待機中のスヨンにチラ見されて、鼻で笑われてたぞ、という報告をちょろしでさんから頂きました。しょんぼり・・・。




■あっという間にエンディング:Catch Me If You Can~Indestructible

アンコール前、最後のセクションは「Catch Me If You Can」「Fire Alarm」「The Boys」と怒涛のダンスでたたみかけてきましたね。Fire Alarmは、タイトル通り、メインステージでボンボン炎があがる演出でしたが、あれが熱いんですよねえ(笑) 衣装は、カーキ色というかオリーブドラブ的な色のパンツルックで、テヨンさんは今回のツアーでお気に入りの衣装にあげておりましたな。最後の「Indestructible」は、モニターに歌詞も表示され、後にスヨンがインスタでも「あなたなしでは今この私は無かったよ」という歌詞を一部引用していたように、この曲にはみんな思い入れがあるようですね。僕もこの曲は大好きで、K-POP系でないカラオケでも堂々と歌えるいい曲だと思っております。しかし、なんだかあっという間に時間が過ぎてエンディング。「Indestructible」を歌い終えると8人はいったん静々とステージを去って行きます。そして、ソシたちのクリスマスパーティーのムービーが始まり、お姉さんたちに翻弄されるカメラマン・マンネの姿に癒されたあと、アンコールタイムの始まりです。




■もうなにがなんだかわからん!なアンコール:Snowy Wish~Love&Girls

クリスマスのつながりからの「Snowy Wish」は、これもまた1stコン以来のお披露目。あの時は夏の時期だというのに、この曲がセトリに入っていて、大好物の僕は狂喜乱舞したものでした。今回はというと、アンコール開始と同時に、空から星が降ってくるわ、メンバーがマシュマロ配るわで、もうなにがなんだかわからない状況です(笑) ヒラヒラとやたらと長時間滞空で落ちてくる発泡スチロールのお星様に必死で、ステージのほうを見ることもままならず・・・あれはいかん。目が10個くらい欲しいです。2日目は、場所的にも不利で、星や銀テは取ることができませんでしたが、かろうじて、スヨンがひとつかみして投げたマシュマロを1個ゲットすることができました。このマシュマロ、また大事に保管しすぎて、気が付いたら食べれなくなってんだろうなあ・・・。



今回のグッズにも"うまい棒"みたいなのありましたけど、ああいう食べ物系のグッズってみんなどうしてんですかね? あっさり食べてしまうのか、保管しているのか。どうしても食べれない僕がここにいます。

■初のサインボールゲットの顛末

さて、今回2日間ともアリーナの良席ということで、ちょろしでさんとファンサボードをどうするかの策を、いつものようの直前になってあーでもない、こーでもないと考えていたのですが、3日目の朝だったかに、ちょろしでさんがTwitterで、ヘタクソなユリのイラストをアップしているユーザーを発見して「これは酷いなあw」と笑っているのを見て、「あ、今回は思い切ってそれでいこか!」ということに(笑) あえてヘタクソな似顔絵でメンバーの「こらー!」的なリアクションをもらえないだろうかと。ホンマにいったい、何のためにボード出すのかさっぱり意味がわかりませんが、もう、あれこれ試し過ぎてネタ切れしている感はあります。さらに、最近はほんとうにソシ情弱なので、何が旬のネタなのかもよく解っておりませんゆえ・・・(-_-;)

そんでもって、3日目、会場の近くの駐車場でせっせとちょろしでさんと書き上げたボードがこちら(ハングルアドバイザー:Snowmanさん)。

まずは「ちょろしで画伯作品」から。


続きまして、さかなの作品。


改めてこうやって並べてみると・・・まあ、酷いもんです・・・。こんな酷いファンサボードを、ステージ真横の席で嬉々として掲げる僕達。ある意味変態です。

しかし、奇跡は起こるものです。3日目のマシュマロ&サインボール配給タイムで、まずは、いつものごとく、目の前にカゴを掲げてパニ山様がご降臨。上の酷い似顔絵のボードを見つけてくださりまして(笑) 「?」ってな顔でまっすぐ僕のほうに歩いてくると、ぴょこんとしゃがんで目の前にボールを差し出してくれました(感動&申し訳ない気持ち全開)。ひょいと投げてくれたボールはそのまま僕の右手の中に(横からワシっと後ろの席の方に、掴まれたのですが、快く譲っていただきました)。「うおおおお! 初ボールゲット!」心の中でガッツポーズ。僕を神戸に導いてくれたちょろしでさん、ありがとう! 席を譲ってくれたつよにぃ~さん、ありがとう! そして、今回もまた降臨してくれたパニ山さん、ありがとう!

その後、今度はユリも、この酷いボードに反応してくれて、同じように僕めがけてマシュマロを投げてくれたのですが、こちらは上手くキャッチできずにどこかへ飛んでいってしまいました・・・。つよにぃ~さん、ごめんね~。ゲットしてたら送ってあげたのに。

というわけで、ソシコン参加5年目にして、念願のサインボールゲットさせていただきました。はからずも、因縁深いパニ山様。これまでも"たすき"に始まり、誕生日おめでとうコメント、ゲッツポーズと、ツアーの度に結ばれてきた私たち♡ もう、これは運命なのでしょうか? 僕はテヨンペンからパニペンに移籍するべきでしょうか。ここまで結ばれているのにも関わらず、テヨンの幻を追い続ける私は罪な男でしょうか。いや、ただのマヌケでしょうか。その答は、次回のツアーに持ち越したいと思います。



いやー、あっという間に2015年が去っていこうとしております。もうあと3日でお正月です。歳を取ると時間の経過速度が相対的に加速していきますなあ・・・。

先日のソシコンあたりから、チラホラと小耳に挟んでいたのが、毎年開催してきた「座談会」についての「今年は結局やらないのか?どうなんだ?ああん?」という声。

そういや、今年は結局、夏もやってないなーということに思い当たり、まあ、一人でも二人でも楽しみにしてくれている方がいる限り、それはありがたいことなので、ご要望にお応えせねばなるまいということで、ちょろしで先生と協議の結果、実施する運びとなりましたので、ここにお知らせいたしたいと思います。今年はいよいよもって、ソシの人数より少なくなるんじゃなかろうかと思っておりますが・・・まあ、それもよし。少ないなら少ないなりのDEEPなネタで盛り上がれるので、暇な人だけご参加ください。

<開催概要>
企画名】FaceBook K-POP座談会 2016 NEWYEAR
【開催日】2016年1月3日(日)
【開催時間】第1部/PM8:00スタート(~PM22:00終了予定)
 第2部/PM23:00スタート(~終了未定。ちょろしで氏が飽きるまで)
【ページアドレス】https://www.facebook.com/groups/zadankai2016w/

※現在はまだ非公開となっております。開催当日の1時間前くらいには公開させていただく予定です。

第1部、第2部とそれぞれのテーマについては現在検討中ですが、第1部では2015年の少女時代の活動に関するテーマを中心に取り上げようと思います。ちなみに2015年のソシ活としてはこんなものがありましたね。
・CMIFYCリリース
・SONE LIMITED PARTY
・『LION HEART』リリース
・テヨンソロアルバムリリース&コンサート
・TTS3rdアルバム『Dear Santa』リリース
・4thツアー(ソウル&日本)
・バラエティ番組、ドラマ、ミュージカル活動
そして第2部は、いつものごとく少女時代のみならずK-POP全般を題材に盛り上がりたいと思います。既にちょろしでさんは、TWICEとAPRILのネタ帳を用意してスタンバッているとのこと。

↓↓↓ いつものエントリー方法のご案内 ↓↓↓


常連の皆様はいつものようメッセージにてエントリーをお願いします。
もちろん新規参戦も大歓迎です。参加にはFaceBookのアカウントが必要となります。
※グループ名は「K-POP座談会 2016 Winter」となります。
※エントリーは、僕のFBアカウント「魚 太妍」宛か、「ちょろ しで」宛にお願いします。
※エントリーは本日から受け付けますが、出来るだけ事前のエントリーをお願いします。リクエスト承認は、リアルタイムでチェックできませんので、若干のタイムラグが発生しますし、直前のリクエストは、準備などでバタバタして対応が鈍くなる可能性もありますので、ご理解・ご協力をよろしくお願いします。


激動の韓国を振り返る映画

韓国では昨年に公開され、観客動員数1410万人、韓国映画史上歴代2位(公開当時)という記録を打ち立てた映画『国際市場で逢いましょう(原題:국제시장(国際市場))』が、地元の県民会館で1日限定で上映されたので、見に行ってきました。
(14日のうちににアップするつもりで書き出しましたが、いろいろリサーチとかしてたら結構濃い記事になってしまい、2日間かけて書くハメになりました(-_-;))

映画ポスター3種。日本で公開された時に使用されたのは一番左のもの。これだけ見ると「三丁目の夕日」っぽいでしょ?w

このポスターとタイトルを最初に見た時に「韓国版・三丁目の夕日」的な映画だと思い込んでいたのですが、実はそれよりもヘビーテーマな映画だと知り、今日はそれなりの心づもりで向かいました。実はこんなふうにDVDでない形で韓国映画を見に行くのは『SUNNY』以来、2度目だったりします(笑)

⇒【関連記事】「SUNNY」、見てきました。40代にオススメ!(2012年7月16日)

幼い頃、朝鮮戦争の混乱で、父と一番下の妹と離れ離れになってしまった主人公・ドクスが、母と残された2人の兄妹と共に、釜山で戦後の激動の時代を生き抜いていく姿を綴ったこの映画。冒頭、自宅屋上から釜山の街を見下ろしながら、ドクスが妻のヨンジャと「自分は本当は大きな船の船長になりたかったんだ」と話すシーンからスタートします。彼がなぜ、夢だった船長を諦めることになったのかは、物語の中で明らかにされますが、このシーンの釜山の街がとても印象的でした。なにを隠そう、釜山にはまだ一度も行ったことのない僕ですが、ちょっとこの冒頭の風景だけで行きたくなっています(笑)




ある日突然、家族と生き別れになるということ

昔ながらの韓家からほぼ着の身着のままで港に向かうドクスたちの家族。そんな光景から物語は始まります。ドクスが住んでいたのは興南(フンナム)という町で、現在は北朝鮮に属しています。地図を見てもらうと、ソウルや釜山との位置関係が解ってもらえると思います。



太平洋戦争の後、日本統治によって化学工業都市として栄えた興南ですが、1950年6月に勃発した朝鮮戦争では、北進した韓国軍・国連軍によって占領されたかと思いきや、その半年後には中国義勇軍によって再び北朝鮮側のものになります。その際、中国・北朝鮮の国境地帯から退却した国連軍約10万人が、同じく約10万人の市民とともに撤退。それを「興南撤退作戦」と言います。ドクスたちが港に向かっていたのは、中国義勇軍の攻撃から身を守るためでした。

当時の国連軍の指揮官は、港に押し寄せた市民の姿を見て、当初の予定を変え、積んでいた武器や弾薬などの軍備品を投棄して彼らを収容する決断を下します。その様子も映画の中で再現されていました。作戦に参加していた米兵たちからも「リアルに再現されている」と言わしめた出来映えです。

⇒【関連ニュース】韓米の老兵を泣かせた「国際市場」、「今でもその日を忘れられない」(コリアネット)



記録によれば、この時の現地の気温は氷点下20度。実際に作戦が展開されたのは12月15日~24日にかけてという話なので、この映画のシーンがどの日の出来事なのかまでは調べきれませんでしたが、人数規模としては米軍史上最大の撤収作戦であり、ドクスが乗ったのは、たまたまフィラデルフィアから燃料などを運んできていた貨物船「メレディスビクトリー号」でしたが、この船の定員は乗組員と乗客合わせても59名。そこに1万4000人もの市民を収容したそうで、これはギネスブックの記録にもなっています。これだけの無茶をして、いったん釜山よりもさらに南西にある巨済島(コジェド)まで市民を送り届け、一人の死者も出さなかったというのですから、これだけでも奇跡のような話です。

ドクスたちが乗船した後、興南の街は連合軍によって爆破されました。中国義勇軍の拠点とさせないための措置でした。映画の中でも街が爆破されるシーンがありますが、映画と同じように極寒の甲板から自分たちの街が破壊されていくのを、もし見ていたとしたら、どんな思いだったのでしょうか。戦争になってしまえば、あらがうことも出来ず、自分たちの帰る場所さえ奪われてしまうのですね。

これは実際の興南撤収作戦時の写真。

この騒乱の中で、妹・マクスンを父親に託されていたドクス。一生懸命に妹を背負って、貨物船の甲板へ上るための縄梯子を登りますが、あと少しのところで、誰かの手がマクスンを掴んでドクスの背中から引きはがしてしまいます。マクスンがいないことに気付いた父親は、責任を感じて泣きじゃくるドクスに「俺がマクスンを探しにいく。もし戻って来なかったら、俺がいない間は、お前が家長だ。家族を守れ」とドクスに伝え、船を降りていきます。それがドクスの見た、最後の父親の姿になってしまいます。


ノスタルジックな戦後の釜山と「停戦」

ドクスたち家族は、釜山の国際市場で「コップンの店」という雑貨店を営む父親の妹のところへ身を寄せることになり、そこで朝鮮戦争後の時代をたくましく生きていきます。戦後の闇市と化し「売っている人以外は全て国外品」と言われた国際市場の様子や、復興と同時に盛んになっていく文化・風俗の様子などは、まさに僕が「三丁目の夕日」と思わせられたような、日本の戦後の風景にそっくりに思えました。小遣い稼ぎに靴磨きをする少年たち、「ギブ・ミー・チョコレート!」と叫びながらMPのジープを追いかける少年たち、軍からの流出品を威勢よく売るお店、そこに置かれたラジオ。

左が当時の国際市場。右は最近の様子。

少年時代のドクスと生涯の友になる釜山の少年ダルグ。

そのラジオで流れるのは、韓国初代大統領イ・スンマンの声(悪名高き"李承晩ライン"を勝手に宣言したかのお方ですね)。ラジオを聴いていたドクスや彼の母たちは、大統領が言う「停戦」の意味が解らず、周囲に尋ねます。「戦争は終わったんじゃないのか? 自分たちの街に帰れるんじゃないのか?」と。しかし街の人たちに言われ、今は北朝鮮の街になってしまった故郷には帰れないことを悟り愕然とする、そんなシーンがありました。それは2015年の今も変わっていません。隣国とはあくまで"停戦中"。それが韓国という国なんですね。映画の中に登場したヒュンダイの創始者も含め、北で生まれた人たちが今も大勢、韓国に暮らしながら、帰れぬ故郷の大地を想っているのだと、あらためて韓国の抱える痛みに気付かされるシーンでした。

ドクスの母は、停戦が終戦でないことを理解して愕然となった。


弟を大学に通わせるために、ドイツで炭鉱夫に

成長したドクスは、父親の言葉を胸に、母を助け、下の兄妹たちを支えていくために大学への進学もあきらめ、チングのダルグと共に釜山の港で働き、自分たちの家を手に入れるまでになりますが、優秀な弟が名門ソウル大学に合格したことを受け、ボヤきながらも学費を稼ぐために、当時、国策として奨励されていたドイツの炭鉱労働者に志願します。

公式発表資料によれば、戦後の韓国の失業者は250万人以上。1963年にスタートした第一次派遣では、500人の枠に対し4万6000人が応募したとあります。恐ろしいほどの高倍率です。韓国は事業が終わる1978年までの15年間に、炭鉱労働者7983人を含む7万9000人の鉱夫をドイツに送り込んだそうです。同時期(1966年~1976年)には、看護師の派遣も行われていて、こちらは1万1056人が渡独したとあります。ドクスは、看護師としてやって来ていた"将来の妻"となるヨンジャとドイツで出逢います。

ドクスは炭鉱労働の最中、ダルグらと共に大規模な落盤事故に遭い九死に一生を得ます。韓国の人たちが命をかけてまで、炭鉱派遣に殺到したのは、もちろんその報酬の高さゆえでした。実際にドクスたち鉱夫の月給は650~950マルク(13万~19万ウォン)で、これは当時、国内でサラリーマンが得る月給の8倍相当だったと言います。国内の働き口さえない状況下では、命をかけるだけの価値は確かにあったかもしれません(ちなみに看護師の月給は800マルク(16万ウォン)ほどだったようです)。結果、11年間の派遣期間中、出稼ぎ組の人たちが韓国に送金した額は、毎年5000万ドル以上。当時のGDPの2%にも相当する金額です。俗にいう"漢江の奇跡"へも少なからぬ貢献をしていたと思います。同時期に日本も、炭鉱労働経験者を技術修得のための研修として500人近い若者を送り込んだそうですが、実質は労働力として使われていたようですね。




韓国の伝統儀式や文化のシーンも興味深い

落盤事故で絆が深まったドクスを追ってヨンジャも韓国に。二度と逢えないと思っていたドクスは驚きますが、実はドクスがドイツを離れる前に、最後の思い出にと持った一度の関係でヨンジャは身ごもっていました(笑) もちろん2人は結婚することに(この時には既に、弟も大学に通い、もっと大きな家に引っ越しして家族は幸せに暮らしています。ヨンジャのほうは同じ境遇のようですが、彼女の家庭事情などは、あまり詳しく触れられていません。下の写真の右2人はドクスのおばさん(コップンの店のオーナー)とそのポンコツ亭主)。

主人公ドクスは写真を撮る時にいつも目をつぶってしまう、というキャラ設定でした(笑)

この時の伝統的な結婚式の様子や、最後のほうでチラリと出てくるドクスの母やヨンジャのお葬式の様子などは、なかなか興味深いです。また国民儀礼などのシーンも、面白おかしく取り入れられていて、当時の韓国世相をうかがい知ることができます。

世相といえば60年代に韓国で流行った「노란 샤쓰 입은 사나이(ノラン シャス イブン サナイ:黄色いシャツを着た男)」という歌を、結婚式でヨンジャが無理矢理歌わせられるシーンがありますが、こうやって聴くと、トロットというよりも元祖K-POPな感じがしますね(笑)

元々は1961年にハン・ミョンスクがリリースした曲ですが、その後、多くのアーティストにカバーされています。この動画は2013年に歌謡番組でトロット歌手、チャン・ユンジョンが歌った時のもの。ダンサーがGeeっぽいですw

そうこうしているうちに次女も結婚適齢期を迎えます。次男が盛大な結婚式をしてもらったようで、彼女は「自分も同じように盛大にして欲しい、そのためなら家を売るくらいして!」と無茶なことを言うようになり、ドスクの母は嘆き悲しみます。ドクスがどれだけ苦労して家族の世話をしているのか、と。弟も独立して家を出て金銭的な負担も無くなり、念願の海洋大学へ入学しようと考えていたドクスは、そのやりとりを陰で耳にして、戦争中だったベトナムへ、技術者として赴く仕事に志願しようとします。もちろん、ヨンジャや母は引き止めますが、さらにそこに追い打ちをかける出来事が起こります(韓国らしい!w)。父の妹が亡くなったことで、彼女のポンコツ亭主が「コップンの店」を売りに出してしまったのです。ドクスは激高し「それなら俺が買い取る!」と宣言してしまいます。彼は直前に手にしていた、海洋大学の合格通知をながめ、夜道でさめざめと涙します。叶えたい自分の夢が、また遠ざかっていきました。


韓国人にとってのベトナム戦争

ベトナムでゲリラが徘徊する危険なジャングルを渡り歩きながら、仕事をするドクス。もちろんダルグも道連れですw(なんの仕事だったのかよくわかりませんでした)冒頭のハノイ(?)のシーンは強烈でした。もらったばかりの給料をどうするか、嬉しそうに語るドクスたちでしたが、アメリカ軍の詰所を狙ったゲリラの自爆テロに巻き込まれます。ありふれた日常が、あっという間に凄惨な戦場に変わる瞬間。スローモーションで逆再生される爆破シーン。吹き飛ばされるドクスの映像に重ねて、ドクスのヨンジャにあてたメッセージが流れます。「こういう時代が僕たちの時代で良かった。子供たちの時代でなくて本当に良かったと思います」と。激動の時代に流され必死に生きながら、家族のことを常に思い描くドクスならではの言葉に思えました。

次のシーンではトンペンの皆さんお待ちかねのユノの登場です。役どころは、ベトナム派遣されていた韓国軍兵士、ナム・ジン。実は彼、ナム・ジンは"韓国のエルビス・プレスリー"などとも呼ばれていた人気歌手で、1965年にポップ歌手としてデビュー後、トロットに転向。1967年にリリースした「가슴아프게(カスマプゲ:胸痛く)」は、10年後に日本でもヒットしたあの名曲。翌年68年に海兵隊に入隊し、ベトナムへ派遣されました。戦地にもファンレターが山のように届いたとか(笑) そんな大先輩歌手と同郷のユノの演技は、地域のなまった話し方も含めバッチリだったとナム・ジン御本人も関係者も言っているようです。

劇中では、実際にナム・ジンが帰国後にリリースしたこの「님과 함께(あなたと一緒に)」をユノが口ずさんで「ヒットすると思う?」と聞くシーンがありますw

さて劇の中での話に戻しましょう。ドクスはとある村での仕事を終えて帰る際に、村人から「ここにいては(ゲリラに?)捉えられてしまうので、ここから連れ出して欲しい」と懇願されます(実際に頼まれたのはダルグですが)。村の子供の一人にマクスンの面影を見たドクスは、物資を降ろす代わりに村人を乗せることを決意します。自分のこととオーバーラップしてしまったんですね。しかし出発直前の一行をゲリラが襲います。銃撃の騒動で船から落水してしまったマクスン似の少女を助けるため、ドクスは左足を撃たれてしまいます(実際にベトナムでこういうことがあったのかは知る由もありませんが、このシーンではユノが超カッコいい感じに描かれておりますw)。

韓国とベトナムと聞くと、ライダイハン問題などを思い浮かべてしまいますが、朝鮮戦争の特需で経済を盛り返した日本に続けとばかりに、韓国はベトナム戦争で外貨獲得を国を挙げて進めていて、軍人だけでなく民間人も数多くベトナムに入り込んでいたことを知ることができるエピソードでした。



怪我をして帰ってきたドクスを見て、留守の間、一生懸命に「コップンの店」を守り続けていたヨンジャは、ドクス帰還の喜びもつかの間「その足はどうしたのよ!」と号泣します。ベトナム行きを猛反対し「もう自分のために生きればいいじゃない」と引き留めようとした彼女には、笑顔で「大丈夫だよ」と言うドクスの声は、なかなか受け入れられるものではなかったのかもしれません。その後、妹は無事に結婚式をあげ、コップンの店も新たに看板を掲げて営業を継続。ダルグは例の村から連れて帰ってきたベトナム女性を妻にし「韓国で初めての韓越夫婦!」とメディアに取り上げられたりしています(まあ、このへんはちょっとライダイハン問題を意識した演出なのかもしれません)。


戦後30年目に放送された138日間の生放送番組

ある日、ドクスは何気なく見たテレビで、南北離散家族を探す番組を知ります。これは実際に1983年にKBSが朝鮮戦争33周年&休戦協定30周年の特別企画として生放送した『이산가족을 찾습니다(離散家族を探します)』という番組のことです。当初は1日限り、90分の生放送予定だったこの番組、反響の大きさもあって、結果的に138日間、453時間45分もの番組となり、連続して放送された世界最長の生放送という記録を作っています。10万952件の申請を受け、5万3536件の情報が番組で紹介され、そのうち1万189名の離散家族が再会を果たすという成果によって、ユネスコの世界記録遺産に登録されています。

当時のKBS前の広場の様子。汝矣島には多くの人が訪れ、再会できぬ家族の情報がギッシリと張り出されました。



KBSのこの番組、「이산가족을 찾습니다」でYouTube検索すると、いくつも動画を見ることができますが、これを見て思い出したのは、桂小金治さんが司会を務めていた日テレの名物番組『それは秘密です!!』です。まあ、若い世代にはまったくわからないと思いますが(笑)、あの番組の最後のコーナー「視聴者の秘密さん」が、まさに毎週、感動の御対面が繰り広げられていました。幼かった僕は号泣まではいきませんでしたが、大人たちは毎週のように涙していたのを覚えています。

もちろんKBSの番組は、それとはスケール感も背景もまったく異なるので、一緒にして考えるのは違うと思いますが、いずれにしてもテレビの力って、本来はこんな風に発揮されるべきだよなあ、とかメディアの有り方についても考えさせられます。まあ昨今は個人情報保護云々とかで、なかなかそう簡単にはいかないのでしょうが、現代でもこういうニーズは日本でも十分にあるような気がしますね。

映画の中では実際の映像も織り込みながら、父とマクスンの情報を求めるドクスの姿を描いていました。一度目は相手方の人違いで彼をガッカリさせますが、日を置いてロスから二度目の情報がドクスに届きます。会場で中継用のテレビモニタに映し出されたのは、幼い頃からアメリカに里子に出されてしまい韓国語を話せなくなっている女性。通訳を通じてお互いを確認する2人。彼女はドクスが別れる前にマクスンに語っていた言葉を口にし、あの日マクスンが着ていた袖口の破れた小さなチマを手にしていました。



このシーンが、もうね・・・泣けます。ドクス役のファン・ジョンミン氏も、妹・マクスン役のStella Kim Choe氏も、素晴らしい名演技でした。韓国人特有とも言えるあの心の底から絞り出すような慟哭というか、感情の爆発を見事に演じきっておられました。

娘との再会を果たして間もなくドクスの母は永眠します。結局、父親に再会することのないまま。それでもドクスは母と妹とを再会させられたことに心から満足し、同じように喜んでくれたヨンジャと笑顔を交わします。

ドクスにしがみつくのは親友のダルグ。彼は本当に要所要所でコメディリリーフとして活躍。ヘビーになりがちな物語に明るさを呼び戻してくれます。『オールド・ボーイ』や『グエムル』などにも出演する名バイプレイヤー、鼻の脇のホクロが印象的なオ・ダルス氏、いい演技です。


「家族」という単位で見えてくる韓国

エピローグは、先立った妻のヨンジャを偲んで集まった家族たちの宴会(法事?)の場面です。孫に戦時中の歌を覚えさせたことがバレてバツが悪くなったドクスは、こっそり隣の部屋に逃げ込みます。そこで彼は、家族の誰にも見せたことのない胸の内を、嗚咽と共に吐き出します。「お父さん、本当につらかったよ」と。興南で「お前が家長だ」と言った父が、自分に着せてくれた服を胸に抱きしめながら、一人泣き続けるドクス。カメラはゆっくりとズームアウトし、隣の部屋で楽しげに盛り上がる家族たちとドクスを対照的に映し出します。

そして再びオープニングの、ドクスがヨンジャと2人で釜山の街を見下ろすシーン。「もう店を売ってもいいと思う」とポツリと言うドクス。「さすがにもう店に来れる歳じゃないだろう」と笑います。彼が「コップンの店」をあれほどまでに守り続けてきた理由は、興南で別れ際に父親が言った言葉にありました。「釜山に行け。国際市場には妹がやっているコップンの店がある。俺は生きていたら必ずそこに行く。そこで逢おう!」ドスクは、その言葉だけを信じて、50年父を待ち続けていたのでした。

自分の夢を犠牲にして、家族のために、命の危険も顧みず走り続けたその人生は、やはり彼のように自分の中にだけ秘めたほうがいいのか、それとも家族と分かち合うべきなのか。そのあたりの価値観は、人それぞれのように思いますが、僕はなんだかドクスの気持ちに大いにシンパシーを感じました。

いずれにせよ、この映画で、ちょっとないがしろにしていた自分の親たちを顧みる気持ちが芽生えた人は多かったんじゃないかな、と思います。儒教の国・韓国も、最近は目上を敬うという精神が廃れてきていると聞きますから。バックグラウンドは違えど、日本人の僕も、この瞬間に自分が存在できているのは親のおかげですし、親の苦労なくして大人になれてはいないわけで(もちろんそうでない人もいることは承知しています)。ついついそれを忘れがちな僕にも「親孝行ってなんだろな」と考える時間をこの映画は与えてくれました。

韓国特有の"儒教社会"ならではの価値観や、他国に翻弄されてきた歴史を理解した上で、改めてこの映画を見ると、今取り沙汰される様々な外交に関わる問題はそれとして、ひとつひとつの「家族」という単位においては、僕たちと大きな差異など無いように感じました。もちろん、感情の表現方法や、情の捉え方など、慎ましい日本人から見ればビックリすることもありますが、家族を愛する気持ちには共感できる部分がたくさんあります。その上で、あらためて日韓の間に横たわる問題を俯瞰していくと、国と国、政治家と政治家では成しえないことも、人と人、家族と家族のレベルでつながっていくことで少しづつ変えていけるのではないか、そんな気がしています(映画の演出だよ!という声もあることも承知していますが、僕はそれもポジティブに捉えたいと思いますね)。

この作品、『TSUNAMI』を製作したユン・ジェギュン監督作品ということに加え、東方神起のユンホの本格的映画デビュー一作目、ということもあってK-POP界隈でも話題になっていました。本国公開当時は、ソシのスヨンやEXOのチャニョル、f(x)のビクトリアたちが試写会に参加しインスタグラムでもコメントを上げていましたが、日本では今年5月に公開されたものの、公式ページを見る限り、全国でも9館でしか上映されていません。昨今の日韓問題も背景にあると思いますが、韓国という国を知る上では、とても良い映画だと思うので、機会があれば皆さんも是非!



コップンの店のモデルになったお店は、現在も釜山の国際市場の中にあり、観光スポットになっているようです(店の中身は全然違いますがw)


※難解な話題、長文に最後までお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました! 作品は楽しい描写も盛り込まれていて、クスッと笑うシーンもたくさんありますので!w

※写真は、あちこちから勝手にお借りしています(-_-;)>

国際市場で逢いましょう(DVD)の購入はこちらから
久しぶりに秋の雨。
部屋掃除のついでに、グチャグチャになっているK-POPのCD棚も棚卸し。
なんかいつの間にか手広く集めているな・・・と。しかもヨジャだけ(笑)

アーティストごとにまとめて数えてみたら、40組185枚ありました(-_-;)
(ソロ、ユニットは別カウント。BoA子、29枚を含む)
これ以外にナムジャが5組8枚、OST系が8枚。合計で201枚。200オーバー!!

CD商品だけなので、DVDとかはカウント外。

なにより、これにソシは含まれていませんw

まあでも、ソシ関連入れても+30枚くらいでしょうか。
(必要最低限のものしか2枚以上は買ってないので)。

あらためて韓国CDジャケット界のフリーダムっぷりを感じます。
でもこれが魅力なんだよなー。このあたりにスポットあてて記事書きたいな、
なんてことを最近思っていたりします。

さてと、この不揃いのCDたちをどう納めていくべきか。
秋の夜長の難しい宿題です。




ああああああ。
もう日が変わってしまったけど、BoA子、おめでとーーー!
大きな声では言えないけど、もう29歳なんだな・・・。いやはや。

あ、韓国式でいけば30か!!
お、おば・・・いや、なんでもないです。

今年はファンミも行けず、12月のライブにも行けません。
仕事め! 給料さえ出なければ、ほっぽってライブ行くのに。そうもいきません。

なにやら新曲も発売延期になったりしてますが、大丈夫ですか?



最近はめっきり艶っぽくなって(そりゃ、まあもう3・・・)
大人の女になっておるのだなあ、と感慨深いときもたまにありますが、
オフモードの時のあなたは、昔とほとんど変わらなくて、それがなんかホッとさせます。
あなたにとってそれが嬉しいことなのかどうかは微妙でしょうけども。



まあ、まあ、そうむくれないで。

ほら、この時とそんなに変わってないんじゃない?



メイクバキバキのときはホンマに別人みたいだけど、
ほら、これとか。



これまだ10代の頃でしょ?



まだまだ10代でイケるんじゃないの? イケないか?(笑)



ほら、パニ山さんよりも幼く見えるよ。



・・・あー、すんません。そんな顔しないでください。
ちゃんと大人になっていることは認めます。
認めますけども・・・



なぜにこんなに可愛いのでしょうか。
あ、この帽子、昔、日本のファンに向けてオリコンでやってくれてたブログで
似たようなのを被った写真あげてましたよね。あの写真、僕大好きなんですよ。
なんか、アングルとかあなたのポーズとか、とっても自然で。
楽しそうなわけではないけれど、素のあなたに戻っている瞬間のようで。



そうそう、この写真です。



・・・・もしかして、眠たいアピールですか?(-_-;)
そうですね、こんな時間ですもんね。
み、三十路には・・・マンネの言うところのお肌の再生時間は大事ですもんね。



って、はやっ!!
まあ、しっかり休んで、ますます元気で頑張ってくださいませ。
おやすみなさい!!


って、最近のナチュラルメイクな画像でおバカな妄想してみましたが
40になろうが、50になろうが、どこまでもお付き合いしますよ。
ひとまずは一週間延期になった新曲「Lookbook」を楽しみにしておきます。
「メリクリ」のニューバージョンも楽しみです。そういう季節になりましたなあ。

ご購入はこちらから。

来年あたりは是非、テヨンと2人で日本でスペシャルツアーしてください。
(誰だ!由紀さおり・安田祥子姉妹みたいだな、とか言ったやつ!)

HAPPY BIRTHDAY! BoA!!