韓国が好きな理由。 | GG Times

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旧名:ソシペンス・ドラマ 「浪速の9人」、tk39fishのブログ

せっかくなので、僕がなぜ韓国が好きになったのか、つらつら書いてみようと思います。
もちろん、これから書くことは全て僕の価値観に基づくものなので、
そのあたりはご容赦くださいませ。

きっかけは会社の仲間に誘われたソウル

もう何年前でしょうか。10年にはならないかもしれません。
全くそれまで興味の無かった韓国へ足を踏み入れるきっかけになったのは、同じ会社の仲間たちから「韓国一緒に行きましょうよ!」というお誘いでした。当時、コスメやエステなどの流行りと円高の影響もあって、女性たちがこぞって韓国へワサワサと行っていた頃です。僕にとっての海外は、もっぱらハワイで、それ以外はほとんど未踏の地でした。特にアジアはン十年前に訪れた返還前の香港以来、近づいた事も近づこうという気にもならなかったのです(笑)

そんな僕でしたが、魔が差したのか、天のお導きだったのか(笑)、「ま、いっぺんくらい行ってみてもいいか」と行くことにしたのでした。旅費も安かったし、何より週末で行って帰って来れるという敷居の低さもありました。実際、関西国際空港からは東京に行くような気軽さで、仁川空港まで行けてしまうのに驚きました。

近くて遠いとは良く言ったものだ

実際にソウルに到着し(初ソウルへの飛行機はそれこそ今、話題の大韓航空でした(笑) それ以降はほぼアシアナ)、ガイドのおばさんに案内されるまま、ワゴン車で免税店やらお土産屋を案内されながら、僕が感じていたのは「すごく似ているのに明らかに違う」という不思議な感覚でした。それと、そこはかとない「懐かしさ」。自分が小さい頃に見てきた昭和の頃の日本を見ているかのような、大人たちのファッションや町並みなどなど・・・。もちろん、ガイドのおばさん以外の人たちの話す言葉はチンプンカンプンで、それを耳にしたり、街を埋め尽くす奇々怪々なハングル文字を見れば、異国へ来たと実感するのですが、「それにしても、なんだろう、この妙な親近感は」と四六時中思ったものです。ハワイや他の国に旅行に行った時にはない、リラックスした気分になる自分がそこにいました。

K-POPとの出逢い

韓国語なんてチンプンカンプンだし、覚えようという気もサラサラ無かったので、当然のことながらお店や明洞の街角で流れる音楽にも、それほど興味は湧きませんでした。それがガラリと180度変わってしまったのは、とあるCD屋さんに立ち寄ったことがきっかけです。2度目のソウル行きの時宿泊した明洞のロイヤルホテル。その西側にあるABCマートの対面にそのCD屋さんはありました(今でも健在)。小さな小さなお店なんですが、女性たちがショッピングを楽しんでいる間、時間を持て余していたので、たまたま見つけたその店に入り、BoAが韓国でリリースしているCDでも買って帰ろうと思ったのです。もちろん、他のアーティストなどは見向きもしませんでした(笑) しばらくは、ソウルに行くたびに、BoAのCDだけを買って帰っていましたが、そのうち買う物が無くなってしまい、店の若いお姉さんに「なにかお薦めのアーティストはないのか?」と聴いた時に教えてもらったのがDavichi、そしてソシのミニアルバム「Gee」でした。そこから、僕のK-POP人生が始まったのでした(ただ、その時はソシはどちらかというオマケ的な購入で、日本に帰ってもDavichiばかり聴いていて、Geeの封を開けたのは買ってから1ヵ月以上も後のことだったのは内緒ですw)

食べものが僕の舌にベストマッチ

というのも韓国が好きな理由です。あまり辛すぎるのはツラいですが、韓国料理は中国料理や台湾料理よりも僕の好みに合いました。独特の甘辛い世界観にハマってしまった感じです。とにかく、行き初めの頃はコスメやエステには興味がないので(笑)、食べることだけが楽しみでした。お店の人はどこにいっても世話してくれるし、気取らないで済むのがとてもラクチンでした。明洞のお店の人たちは、おおむね日本語も理解してくれるし、そこそこコミュニケーションも出来るので楽しいですしね。英語圏ではなかなか味わえないものがあります(英語しゃべれないからw)。東大門の問屋街や、南大門の市場でも、田舎のおっちゃん、おばちゃんと会話するような気軽さでやりとりできるのが楽しくて。

そして深入りしていく僕

そのうち、街角で見かける古い建物や、仁寺洞などで見かける伝統工芸などに興味がいきました。ポジャギやチマチョゴリなどに見られる伝統のカラフルな色合いは、日本にはないものがあったし、そうかと思えば、日本で見かけたような品々もありました。仁寺洞界隈は何度行っても時間を忘れて楽しめます。国立民族博物館はもちろん、ハノクの密集する北村エリアや、チャンドックン周辺の町並みもただ歩いているだけで楽しくなります。

そうこうしているうちに、韓国独特の作法や、文化などにも興味が広がっていき、知り合いの韓国人にいろいろと聴いてみたり、それこそ何冊もそういう関係の本を買っては、読み漁りました。こんなに入れ込んでどうするんだ?と自分で自分に聞くくらいに(笑) 作法や文化などに興味を持つきっかけになったのは、『青春不敗』というソニやユリが出演していたバラエティ番組の影響かもしれません。自分のまわりでは見掛けなくなった、親子の絆や、目上を敬う心、そんなものをあの番組で見せてもらいました。そんな昔ながらの人の繋がりを大事にする文化の存在は、僕が韓国を好きになった理由のひとつかもしれません。

そのうち、韓国と日本の違うようで共通している点や、同じようで違う点なども理解できるようになりました。社会における男女の有り方や、家庭における夫婦の有り方、子どもたちを取り巻く環境なども、日本とは似ているようで違っていてとても面白い。また、儒教や両班などの古くからの事柄が、今の韓国社会にどんな影響を及ぼしているのか、日本に統治されていた時代のことが、どんなふうに語り継がれているのか、はたまた兵役というシステムが若者たちの人生にどんな影を落としているのか。調べれば調べるほど、面白いと思いました。両方の文化をちゃんと知ることで、それぞれの良いと思えるところ、残念に思えるところが客観的に語れるようにもなりますね。

竹島の日のある地元に戻って

以前の会社を辞めて、地元に戻ってみると「2月22日は竹島の日」なんていう看板が、あちこちに立ててあったりしてビックリしました(実は帰るまで存在を認識していませんでした(汗))。「そうか、島根はそういう場所なんだ」と。独島・竹島問題(あるいは竹島・独島問題)はあまりにも政治的な要素が絡み過ぎてしまい、学術的・歴史的に答を探し出すのが容易ではなくなってきているなあというのが、今の僕の感想です。仮にどちらかの領土だと、疑いようもない資料が出てきたとしても、すんなり「では、それで」とはいかなくなっているのが実情じゃないでしょうか。韓国に行き始めの頃に、向こうの人たちにそういう話を持ちかけたことがあります。若い世代の人たちは「その話はしたくない」と議論を避けることが多いように感じました。それがどういう感情に基づくものなのかは断言できませんが、次の世代にはうまく解決しているといいなあと思います。

地元でもメディアで喧伝される韓国の話を受けて、嫌韓を公言する人は多いです。残念だなあと思う気持ちはありますが、おそらくそうした人たちは、政治や教育的なところを抜きにした、素顔の韓国の人たちと出逢えていないのだなあと思うようにしています。いつか、彼らもそういう機会が訪れれば、少し考えも変わるのじゃないか、そう思います。そして出来ることなら、そういう機会を作れるような動きを、地元でしたいなあとも思っています。だって、韓国って、本当に面白い、刺激的な国なんですから。

これからも韓LOVE

「生まれ変われるなら、古家さんになりたい!」と事あるごとに言っている僕ですが、決して番組の話ではありません(笑) ネットを中心に見るに堪えない罵詈雑言の応酬になっている日韓ではありますが、政治的にエイヤッ!で解決できるものではないのであれば、最後はやっぱり、1人ひとりがお互いを理解して、つながっていくことで、乗り越えていかないといけないかなと思っています。日本が好きな韓国人と、韓国が好きな日本人と、小さなコミュニティーでもいいから、ちゃんとしっかりつながっていく。それがK-POPというコンテンツでもいいし、他のコンテンツでもいいと思います。そして次の世代に、お互いの良くないところではなく、良いところをちゃんと伝えていく。どれくらい時間がかかるか解りませんし、日本のほうだけで頑張っていても難しいことも解っています。でも、一人ひとりが相手に手を差し出すことで、いつか、大きな変化につながると信じています。

最近も、地元の知り合いに韓国に残る「日本式家屋」の話を聴いたり、島根出身で50年に渡って韓国の庶民生活を撮り続けたカメラマンの存在を知ったり、また新たに興味をそそられることに出逢っています。いまも、部屋の壁には日本各地のマップに混じって貼ってある、韓国の地図や、プレゼントしてもらった昭和4年の朝鮮博覧会の鳥瞰イラストを見てニマニマしています。







いろいろややこしい日韓の関係にも関わらず、日本のファンのために来日してパフォーマンスしてくれるソシをはじめとする韓国のアーティストたちに負けないよう、僕たち「韓国好きな日本人」も、自分なりに頑張らなくちゃと思う今日この頃です。