「おばあちゃん、ありがとう──遠く離れて祈った別れ」


引っ越しを終えたその夏のことでした。

弟からLINEが届きました。


「おばあちゃんが亡くなった」と――。

年齢的にはいつか来ることだったけれど、自由にたくさん会えなかったことが、何より悲しかった。


それでも私は、大声でわんわんと泣くことはできませんでした。

涙も、あふれるほどには出てきません


最後に会えたのは3年前だったかな。

少し認知機能が衰えてきたのかな、と思いながらも、十数秒後には私の名前を呼んでくれて、

子どもたちを見ながらにこにこ笑って、

「可愛いねぇ♡ お人形さんみたいに可愛いねぇ♡」

と、何度も何度も言ってくれた――

あれが最後の記憶です。


胸が苦しくなりました。

ありがとう、おばあちゃん。

あの時の笑顔と温かいまなざし、私は一生忘れません。


そんな中、弟から続けて伝えられたのは、父の言葉でした。


「もし葬式に来るなら、俺に謝ってからがスジだ」


この期に及んで、まだそんな言葉を投げかけてくる――

父にとって、それが“最後の切り札”なのかもしれません。


でも、私が行けば父と揉めるのは目に見えている。

そんな場所では、祖母が安らかに眠れるはずがない。


弟は、もし父が暴力を振るった時には僕が間に入ると

言っていましたが、そういう問題ではありません。



だから私は、

遠く離れた海外から、静かに祖母に祈る事を決めました。


ありがとう、おばあちゃん。

あなたが子どものころの私にたくさん「可愛いね、可愛いね」

と言ってくれたこと、

いつもそばで寝かせてくれた温もり――

その全部が、私の中で生き続けています。


私が父と同じ事をしないのは

私が子どもたちに優しくできるのは、

おばあちゃんが私にそうしてくれたからだよ。


父と会わないと決めたとき、

「いつか祖母が亡くなるとき、私は会えないだろう」と覚悟はしていました。

でも、実際にその日が来たとき、心に波のように押し寄せる悲しみは、思った以上に深いものでした。


この現実を、私は受け止めました。




読んでいただきありがとうございます。

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