「再び海外へ──日本で過ごした数年間と、私の決断」


父の執着にどこかで怯えながら、母やその他の家族との距離に寂しさを感じながら過ごした日本での数年間。

けれど、子どもたちが地域の温かな大人たちに見守られ、安心して育っていると感じられたことは、私の心の大きな癒しでした。


そんな日々の中、あるとき夫の仕事の都合で、再び海外へ引っ越すことが決まりました。


本来なら、単身赴任という選択肢もあったかもしれません。

けれど私は、「帯同する」という決断をしました。そこには、大きく2つの理由がありました。


ひとつは、アメリカから帰国した当初から感じていた、日本にいる父への恐怖。

その父がいる日本で、夫不在のまま私が子どもたちを育てていくのは、あまりにも心細く、不安でいっぱいでした。


もうひとつは、線維筋痛症をはじめとする不定愁訴に悩まされる毎日の中で、実家の支援も望めない状況では、体の痛みと向き合いながらひとりでこなす子育てが続くのは難しいと感じたからです。


大好きだった子ども達の学校から次の場所へ移るのは不安でしたが、こうして夫の1年間の単身赴任を経て、私たち家族も海外での新たな暮らしをスタートさせることになりました。


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