横浜に住んでいた間、私の祖母は、私の地元にある介護施設に入所していました。
横浜から数回、会いに行ったことがあります。
ある時、祖母が私にぽつりと話してくれたことがありました。
「またお父さんに怒鳴られて、部屋で殴られたんだよ」――と。
思い出されるのは、祖母がまだ家にいた頃の出来事。
父が暴力をふるい、祖母の太ももを骨折させたことがあったのです。
ちゃんと働かず、暴力的な父。だからこそ、祖母の財産には成年後見人がついてくれていたようでした。
けれど、父は「お寺にご供養したいと祖母が言っている」と言って、毎月数千円を成年後見人から受け取っていた――
そんな話も耳にしました。
さらに驚いたのは、成年後見人には「父の子どもは妹と弟だけ」と伝えられていたということ。
私の存在は、なかったことになっていたそうです。
あぁ、私はこの人の子として生まれてきたのか――
そう思った瞬間、心の奥から、深い悲しみが押し寄せてきました。
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ある日、弟から私に連絡がありました。
「父が、『姉ちゃんは横浜に住んでいるのか?』って確認してきた」と。
おそらく父は、どこからか私が帰国して横浜に住んでいることを知ったのでしょう。
帰ってきたことすら“バレず”に過ごすことの難しさを、改めて思い知らされました。
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こうした記憶のひとつひとつが、私の中に今も静かに残っています。
「なかったことにされる」痛みは、暴力とはまた別の形で、心を深くえぐるのです。
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