やっと父の虐待から抜け出せると思った矢先

ここから私の長い闘いが始まりました


出産の手伝いに来てくれていた母でしたが

帰国する3日ほど前から、

私の体に違和感が出始めました。

最初は“噛み合わせ”に軽い異変を感じた程度で、

「歯のせいかな」と思っていたのです。


ところが1週間、2週間と経つにつれ、違和感は顎から顔、頭部、首へと広がり、

さらに肩・背中・腰・腕・脚と、まるで全身を針で刺すような痛みに変わっていきました。


後に「線維筋痛症」と診断されたこの症状は、

当時どれだけ病院に通っても原因が

分かりませんでした。

この病名にたどり着くまでに10年近くかかりました。


10年程後に線維筋痛症と診断されましたが、

この症状自体、どんな精密検査を受けても

原因が特定できない病気です。


私の「不定愁訴」との闘いが始まったのは、このときでした。



「私は信じていた。“やることをやれば治る”と。」


私は、これまで殴られ蹴られても、体の怪我は

何度だって治してきていました。

だから今回も「治療すればきっと治る」と本気で思っていました。


根本的に直し、ちゃんと子育てができるように、

歯科医師にもかかり、顎関節症と判断した私は


歯列矯正を受け、

体からもアプローチをする為に

カイロプラクティックにも通いました。

痛みの原因を「噛み合わせ」と信じて

治療していました。

それでも痛みは引かず、体はどんどん重く、痛みは鋭くなっていきました。



眠れない。動けない。誰にも分からない。


痛みによって自律神経が乱れ、夜は眠れず、寝落ちのように体力が尽きてようやく眠る…そんな日々。

買い物も、料理も、入浴も、

その度に

「よし、100m走をするぞ!」

というような気力を振り絞って行う生活です。


でも、見た目には分からない。

いつもいつも「痛い」という言葉を

出せるわけじゃない。


だからこそ、つらい症状です。



今になって思えば、

結婚前に無理を重ねたことや、妊娠中に感じていた強いストレスが


娘を無事に出産してようやく安心できたそのタイミングで、

抑えていたものが一気に噴き出すように、体の不調として現れ始めたのだと思います。



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読んでくださりありがとうございます。

明るい内容ではありませんが、

前向きに回復していくための記録として綴っています。

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