ある言葉が、どうしても頭をよぎります。
――それは、かつて父が私に向かって言った言葉。
「頼むから●んでくれ。
きょうだいはお前だけじゃないんだからな」
生きていてくれるな、という事です。
言われたのは一回だけじゃない。
暴力的な父に対して、
「そんなことは言ってはいけない」と、はっきり抗議してくれる人は家族の中にいませんでした。
一方で母からも
「あなたは大切だよ」とか、
「そんなこと言われても、絶対に死んではだめだよ」と、
私の存在を守るような言葉をかけられた記憶はありません。
呼ばれないという出来事そのものだけでなく、
**その裏に繰り返されてきた「私は大切にされていない」「いなくても構わない存在なのかもしれない」**という感覚が、私の中に深く根づいているのだと思います。
そしてそれは、過去だけの話ではありません。
たとえば今回の一時帰国でも、同じようなことがありました。
母の家に滞在できるか相談したとき、
私を歓迎する言葉よりも先に出てきたのは、拒絶や条件の数々でした。
私は母にこう伝えることになりました。
「近くに妹や弟がいるから、私とはもう会えなくても平気なんじゃないかと感じてしまう。
自分の帰省が、どこか“迷惑なもの”のように扱われているようで、つらい」
けれど、その気持ちに対して、母からの返事はありませんでした。
言い返されたわけでもなく、慰められたわけでもなく、
ただ、沈黙でした。
どんな言葉よりも、その沈黙が痛いのです。
そして、わざわざ自分から声高に言いたいわけじゃない。
本当は、そんなことを持ち出したくて話しているわけじゃない。
それでも――
過去に私が、あなたたち家族のためにどれだけ自分を後回しにしてきたか。
若い頃の時間も、大学進学の夢も、自由も、ずっと我慢してきたこと。
それがなかったかのように扱われることに、
「私の努力や、失われた青春は、何の意味もなかったの?」と、
悲しさがこみ上げてきます。
読んでいただきありがとうございます。
明るい内容ではありませんが、
前向きに回復していくための記録として綴っています。
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