母の日のハンカチと、『鈍臭い子は嫌い』という言葉


ある日、母の家を訪ねたときのことでした。

ふと目に入った台所の布巾に、見覚えのある柄がありました。


「あれ…これ、私が母の日に送ったハンカチじゃないかな」


そう思って、「このハンカチ、私があげたものだよね」と母に言うと、

母は間髪入れずに、こう返しました。


「これ、雑巾にするのにちょうど良い布なのよ!」


ハンカチは確かに消耗品です。

でも、よりによって私が訪問する日に、台所で雑巾として使われているのを目にするとは思っていませんでした。

そして、「雑巾にちょうど良い」という言葉も、まるで悪気なく、反射的に出たような口ぶりでした。


母の日に、何を送ったら喜んでくれるかと考えて選んだものでした。

それがこうして扱われているのを見て、ただ静かに、悲しくなりました。


ーーー


また別の日、母が弟の子育ての話をしてきました。

年長さんの子どもが、同じクラスの子にひどいことを言ってしまい、先生から注意を受けたけれどなかなか改善しないというのです。


私は、「年長さんくらいの時期って、春や夏に生まれた子が、学年の中で遅く生まれた子をからかってしまうこともあるよね」と話しました。

子ども同士の発達差や未熟さからくる行動であり、それも成長の一部だと、穏やかに受けとめたつもりでした。


ところが、母は突然こう言ったのです。


「私、鈍臭い子ってほんと嫌い!」


一瞬、言葉が出ませんでした。

私自身は冬生まれで、妹と弟は学年が始まってすぐの生まれです。

家では何度も「鈍臭い」と言われて育ってきました。

その記憶が、母の一言で一気にフラッシュバックしてきたのです。


私は今でも、「そのように生まれた私」は、母にとって嫌われる存在だったのかもしれないと感じてしまいます。


母の日に送ったハンカチの扱いも、

「鈍臭い子は嫌い」という言葉も、

一見すると何気ない出来事に見えるかもしれません。


どちらも些細なようでいて、私にとっては心が止まるような衝撃でした。


母も子育てを経験してきたはずの人です。

だからこそ、何気ない一言や行動が、どれほど人を傷つけるかに、もう少し気づいてほしかった――

そんな思いが、静かに、でも確かに、胸の中に残っています。



読んでいただきありがとうございます。

明るい内容ではありませんが、

前向きに回復していくための記録として綴っています。

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