今日の通院のこと


今日は、スペシャリストの先生から紹介された

更にスペシャリストの先生のもとで、

新たにマウスピースを作るために通院してきました。


費用は3230ドル


あまりの金額に、思わずため息が出てしまいます。


いったい、これまで何度このレベルの出費をしてきたのでしょうか。


昨年にアメリカに引っ越してきてからだけでも、

専門医による800ドルのマウスピース

クラウン5本で約4000ドル

そして、今回また別のマウスピース作成


と、すでに大きな出費が重なっています。

そのほかにも薬代や診察費など、細かい費用は数え切れません。

それでも、少しでも治る可能性があるならと、必死で治療を続けています。


それでも…治らない。

良くなる兆しが見えないなかで、こんなにもお金と時間と希望を注がなくてはならない。


その現実が、時に自分の体そのものを「嫌だ」と思わせるほど、つらく重くのしかかります。



もし、これらの症状が、過去に虐待を受けて育ったことに根本原因があるのだとしたら――

私は、


いったい何のために生まれてきたのだろうか、

なんのために生きているのだろうか、


と考えずにはいられません。


親子の情緒的繋がりを築く為に、帰省をしようとしているのに、

なぜ母は歓迎の言葉よりも、拒否や条件付きの言葉ばかりを私に言うのか。

更に私の心は傷ついて行く。


虐待の環境をどうにか抜け出しても、なお続く痛みと生きづらさ。

私は「ただ苦しむために、育てられた」のだろうか。

そんな思いに、心が深く沈み込みます。



本来、親というのは、

子どもの幸せを願い、教育を受けさせ、自分らしく生きられるよう支え、

最終的には自立できるように、愛情をもって育てる存在ではないのでしょうか。


なのに親は私の健康状態には無関心。


その「当たり前」がなかったことに、私は今さらながら深い悲しみを感じています。

どこにもやり場のない悲しみです。



この気持ちに、言葉を与えたくて綴りました。

読んでくれて、ありがとうございます。