これから私は、母や家族との関係の中で、
「されなかったこと」「傷ついたこと」「声にできなかった苦しさ」を言葉にしていこうと思っています。
けれど、その前に書いておきたいことがあります。
私には、たしかに嬉しかった記憶も、感謝している出来事もありました。
それは決して多くはなかったけれど、だからこそ、今でも心に残っている大切な記憶です。
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母が、私の子どもの頃に毎日買ってきてくれた牛乳プリン。
私はあれが大好きで、母がそれをわかってくれていたことが、本当に嬉しかった。
「ありがとう」と、今改めて伝えたいと思います。
妹とは大人になってから関係が難しくなりましたが、
一時帰国の日本滞在からアメリカに戻る際、深夜便の時間を間違えて飛行機に乗れなかったとき、
すぐに家に泊めてくれたことがありました。
あのときは本当に、助けられたと感じました。ありがとう。
弟は、私たちが横浜に住んでいた頃、
車の整備士として働きながら、我が家の車検のたびに車を引き取りに来てくれました。
私の息子がまだ幼かったころには、遊んでくれたこともありました。
その時間は、子どもにとっても私にとっても嬉しい思い出です。ありがとう。
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私は今、「虐待サバイバー」としての視点から、
これまで経験してきたことを少しずつ書き記していこうと思っています。
それは誰かを一方的に責めるためではありません。
“なかったことにされてきた痛み”を、
自分の手で「存在していたもの」として扱うための、大切な作業です。
感謝と痛みは同時に存在していい。
だから私は、感謝を置き去りにせず、次の章へ進もうと思います。
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読んでいただきありがとうございます。
明るい内容ではありませんが、
前向きに回復していくための記録として綴っています。
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