前回のブログを書いていて、いくつか恐怖だった出来事を思い出したので、記録しておきたいと思います。
■ 池袋の街で、母が殴られた日
小学校3年生か4年生の頃だったと思います。
その日、私たち家族は映画を見に池袋へ出かけていました。普段はめったにない家族の外出。私は少しワクワクしていたのを覚えています。
でも、その時間は一瞬で終わりました。
父が母に何かで怒ったのです。理由はよくわかりません。ただ、怒りのスイッチが入るのはいつも突然で、止めようがありません。
池袋東口の大きな交差点。人の波が流れる中、父は財布から何枚かのお札を取り出し、それをビリビリに破って道にばらまいたのです。
「もう映画なんて行かねー!
ふざけるな!バカやろう!」
怒鳴りながら、横断歩道のど真ん中で母を何度か殴りました。
人が振り返って見る。立ち止まる。けれど、誰も止めに入らない。
私はその後ろを歩きながら、恥ずかしさと恐怖で顔がこわばっていました。
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■ 高速道路での「蛇行運転」
高校生のある日。
家族で静岡の宗教本山に参拝した帰りの車中。
3時間の帰り道。
車内で私の好きな音楽を録音したカセットを流していました。
いくつも曲が入っている中の一つに
当時はやっていた「モーニング娘」のクリスマスソング
が入っていました。
突然父の怒鳴り声が響きました。
「なんだこれは!ふざけんな!
仏教徒がキリストの歌なんて聴くな!邪宗が!!」
そう叫ぶと、ハンドルを左右にグラグラと、わざと車を蛇行させ始めました。
私は助手席で、シートを握りしめ、いつ他の車にぶつかるかと体を固くしました。
高速道路を走行中でした。
笑いながらの冗談ではありません。本気で怒って、車という密室の中で私たち全員の命を握っている人が、怒りに任せてハンドルを振り回しているのです。
あのとき、私は「この人は親だけど、普通じゃない」と改めて確信しました。
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■ お寺での5歳の子への威嚇
結婚前、父と一緒にお寺へ参詣したときのことです。
その日は法話が行われていて、静かに聞く空気が流れていました。
私たちの前の列に、5歳くらいの男の子が座っていました。
小さな体をもてあましながら、ちょっと体を揺らしたり、
兄弟と遊んだり——それはごく自然な年齢なりの姿でした。
私たちの席は会場の後ろの方。
その親子は遠慮して後ろの方の席に座ったと思います。
でも、父はそれに耐えられなかった。
突然ベンチの座席を掴みガタガタガタッと揺らし、
「黙れ!静かにしろ!!」と怒鳴ったのです。
私は男の子がどれだけ恐怖だっただろうか、心配でした。
そして、恥ずかしさで頭を下げました。
同時に、あの5歳の子とそのお母さんの顔が忘れられません。
「どうして見ず知らずの人に、ここまで威圧するの?」
宗教の場ですら、人を追い詰める父が怖かった。
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記録に残す理由
どれも、誰かに話すのが怖いくらいの記憶です。
でも、こうして書くことでようやく「これは異常だった」と認められる気がします。
これは、ただの“家庭内の問題”ではなく、明確に心を傷つける暴力だったのだと。
かつて、親戚の子に対して「血祭りにあげてやる」と、
祖母に向かって言い放ったことがありました。
私に対しては、
「頼むから死んでくれ」という言葉を投げつけてきたこともあります。
私は、自分の子どもたちを父に会わせないという選択をしました。
それは「家族だから」という理由だけでは、到底守れないと感じたからです。
「おじいちゃんに会わせないのはかわいそう」と言う人もいたかもしれません。
でも私は、子どもの心と身体の安全が最優先だと思っています。
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私の育った環境を書きました
読んでいただきありがとうございます。
明るい内容ではありませんが、
前向きに回復していくための記録として綴っています。
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