2度目の帰省のあと、私は第二子を妊娠しました。
その事を母に報告。
手伝いに来てもらえるか、聞いたところ
「仕事があるから、アメリカには行けないけれど、
うち(日本のアパート)に来て出産したら?」と提案がありました。
しかしその頃、娘は1歳を過ぎたばかり。
一人暮らしの母の家にはおもちゃもなく、しまう場所もない。
車などの移動手段もなく、母自身は日中仕事で不在です。
外出の度に、1歳児を抱え、大きなお腹でベビーカーを持ち
2階の母の部屋まで行き来する。
里帰り出産を想定した、
長期滞在に適した環境とは言えませんでした。
日本で出産しても、
昼間は結局私ひとりで子どもの世話をしなければならない。
「だったら、生活環境が整った家と
夫と一緒にいられるアメリカで出産した方がいい」
母の提案はありがたい気持ちもありましたが、現実的ではないと感じ、最終的にはアメリカで出産する道を選びました。
その後、義母がアメリカまで来てくれることになり、本当にありがたく感じました。
ただ実際には、息子が生まれた日、義母はまだ到着しておらず、
私は娘を連れて病院に行けない状況に。
そんなとき、同じゲート内に住む友人が
数日前から「夜でもいいから何かあったら電話してね」と声をかけてくれていたのです。
大きな陣痛が始まったのは夜10時頃。
友人は夜中にも関わらず娘を預かってくれました。そのおかげで無事に息子を出産することができました。
海外での出産、家族が近くにいない中、友人の存在がどれほど心強かったか、今でも忘れられません。
娘が弟と初めて対面したのは、病院での面会のとき。
最初は赤ちゃんにびっくりして距離をとっていましたが、
私にしっかり甘えた後に、弟をとても可愛がるようになりました。
今回の退院も産後48時間後。病室にカーシートを持ってきて、安全が確認された上での退院です。
義母は、滞在中にたくさんのごはんを作ってくれて、私には
「寝てていいよ」とゆっくり休ませてくれました。
さらに途中で夫の妹も1週間ほど滞在してくれ、娘とたくさん遊んでくれたことで、とても賑やかな時間となりました。
第二子の妊娠・出産の頃も、私は噛み合わせを整え、
体の痛みを和らげるために歯列矯正の治療にも取り組んでいました。
心身ともに大変な時期でしたが、義母や友人の支えがあり、2度目の出産も無事に乗り越えることができました。
私の育った環境を書きました
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読んでいただきありがとうございます。
明るい内容ではありませんが、
前向きに回復していくための記録として綴っています。
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