ローカーボダイエット、即ち炭水化物摂取を極力控え、相対的にたんぱく質を多く摂取するダイエット法があるが、提唱者のドクターは比較的早死にした。昔、できるだけ沢山水を飲む健康法を提唱しテレビでおなじみになった女優がいたが、やはり早死にした。油分を摂らないダイエット法を提唱していた美容研究家がいたが長命ではなかった。バランスを無視するとロクなことはないのである。
 微生物を培養する時、炭素源と窒素源の比率は極めて大切な要件で、この比率をはずすと目的物が生産されないことがよくある。微生物と人間を一緒くたにするなという向きもおありでしょうが、線虫という回虫のような、と言ってもピンとこない向きには、ミミズを硬くツルツルにしたような虫と人間ではDNAは70%以上が一致しているのである。微生物の研究結果もある程度は人間に応用できる。
 いかに人間が雑食性であるといっても、その代謝系に適した炭素源と窒素源の摂取比率というものがあるはずである。しかもそれは、全人類一定ではなく、年齢その他の環境に左右されるところが極めて大きい。個々の状況に応じて摂取すべき要素を感知して正しく摂取することなど不可能に近い。従って、「好き嫌いなく、なんでも食べなさい」と躾けられた親の教え=経験に裏打ちされた先人の知恵は正しい。
 どの成分を摂取すれば体内でどのように代謝され、生理作用がどう変化するか、まだあまり多く知られていない。昔「ニンジンを食べると頭が良くなるので、ニンジンをお食べなさい」と言われてそれを真に受け一生懸命嫌いなニンジンを食べ続けた友達を知っており、40年以上たった今の彼も知っているが、あれはウソである。
続く
 私は過去に少なくとも5回以上は1週間で5Kg以上痩せたことがあります。
はじめは、高校1年生の10月でした。運動会のクラスの応援ですっかり声をからした後で突然襲ってきた、呼吸困難で苦しくて布団に横になることも出来ず、敷き布団と掛け布団をまとめて丸めてそれに寄りかかり一晩中、汗びっしょりになって、まさに青息吐息で約1週間を過ごしました。発病の翌日には、這うようにして医者に行き、気管支喘息の病名を頂いて、高貴薬とスタンプの押してある薬の袋をもらい、「プレドニソロン」の錠剤をわらをも掴む思いで飲みましたが薬石効無く、苦しみは続き、一週間位過ぎたら、なんとなく呼吸が楽になり、恍惚とした幸せ感と共に、肺の中へ新しい空気がすーっと入ってきたのです。幸福の原点を垣間見た瞬間であります。
 医者で体重を量ったら、4月の身体測定時よりも、7Kgも痩せていました。それからというもの、発作を起すたびに5Kgくらい痩せ、非発作時に大食いをして太るということを繰り返し、大学を何とか卒業しました。喘息の発作時は空気が満足に吸えないので、本当に死ぬかと思います。従って、自己保存本能が働いて、交感神経系が目一杯興奮して、カテコールアミン代謝系がフル稼働して、その上β刺激剤という交感神経を興奮させる薬を気管支を拡張させる為に飲むので、いやでも痩せる訳です。当時、血液検査の時にはT3、T4という甲状腺の機能の指標も見ていたので、カロリー制限をしないで痩せる要素は全て押さえていた事になります。現在では、脳の食欲中枢を抑制する医薬品、マジンドールなどもありますが結局は交感神経系を介して作用するので同じ範疇に入ると思います。それにしても当時は、版で押したように一回の発作で5Kg位づつ見事に痩せたものです。
今年の反省
 日経の土曜日の別冊に「来年こそは・・」というコーナーがあって、第二位に「ダイエットやエクササイズを挫折せずにやる」と言うのが入っていたけれども、事ほど左様にダイエットは普通は挫折するものなのです。今年ダイエットの秘訣を書こうと思ってブログを始めたのに、ゴルフは嫌いだの、モテるのモテないのと好き勝手なことばかり書いて
あまり役立つ内容ではなかったことを反省しております。
 ダイエットも挫折したら反省すると思うのですが、その時点では既に食べ過ぎているわけで体重も元に近づいたり、場合によっては元を通り越したりしているのです。ここが大切なところで、やけになり、より肥満への道を突き進んだり、自分を責めて、前途を悲観し暗くなったりしてはいけません。食べたいものを我慢して(しかも周りに美味しそうなものが満ち溢れているのに)痩せようとするのは、今よりほっそりした体が、より美しく自分にふさわしいと思っているからです。なぜそう思うかについては来年お話したいと思いますが、「思う」という知的作用で食べたいという本能を押さえ込もうとするのがダイエットの本質であり、難しいところなのです。本能を抑えこむと、とんでもないところで爆発することがよくありますが、リバウンドもそのひとつです。
 本能を抑えこむことにより得られる大きなメリットもあります。現代生活において生物学的活性=本能的欲求が必ずしも保たれていないというか、低下傾向にあるなかでダイエットにより食欲を体の底から呼び起こすということがとても意義あることだと思われます。
 ダイエットに失敗しても、低下していた自分の生物活性(強く生きようという力)を取り戻すというとても大きな成果を得られたのです。
キリスト教とダイエット
ダイエット(痩身)という積極的な概念は西欧よりもたらされたものである。わが国においては、ほっそりしたほうがいいとか、ポチャポチャとしたほうが可愛いとか、それこそ好き好きであった。しかし戦後、高度成長期、食べ物に事欠かなくなってから、主にアメリカより輸入された、男も女もすらっとしていることがステイタスという考え方が若い女性を中心として蔓延した。たしかにアメリカに行ってみると、所得によって階層を分けている明らかに階層社会であるアメリカにおいて、上流即ち高額所得者たちは殆んどの人がスリムである。一方、低所得者が集まるスーパーマーケットではその逆である。民主主義の総本山を自負していると思われるアメリカ合衆国の国民は階級社会に生きていると本人達も認識していると思う。必死になって、私から見ると過度にダイエットを意識している彼らのモチベイションは、太ると下層階級と思われるという恐怖ならびに肉親が心臓血管系の疾患で目の前で突然死したことによる、高コレステロール血症の恐怖の二つの恐怖によるものと考えられる。
さらに、キリスト教においてはAD1300年ころよりの7つの大罪のひとつ、大食の罪というものがある。大罪というとピンとこないが、Deadly Sinである。即ち死罪に相当するとされているのである。
話は変わるが、ダイエットが挫折するのは食欲に負けるからであり、食欲が克服できるならば、低カロリーダイエットなどを行えばやせないはずはない。つまり、自己との闘いであり、始終神により監視され、神により励まされている、キリスト教信者の皆さんはとても有利なのである。その点、村社会も崩壊し、だれも自分を励ましたり批判したりすることのなくなった現在の日本社会の皆さんはとても不利なのである。わが国女性の一部過剰なダイエット志向は、黒船、鹿鳴館、進駐軍以来のコンプレックスのなせるものであろうか。
ダイエットで幸せになる方法
 ダイエットに成功すれば、メリハリの効いたスリムな体になり、服の着こなしも板についてさっそうと町をカッポし、気持ちの上でもゆとりと自信ができ、人生がバラ色に・・・・
とまあこんな具合に分かりやすく幸せになれるわけで、いちいち方法を考えるまでもないのであります。
 ペルセウス座の流星群のように、次々と現れては消えてゆくあまたのダイエット法をテレビや雑誌やネットやくちこみなどで知って、これはと思うものを試してみた結果どれも自分に合わなかったもしくは方法自体がインチキだったと結論づけて、つまり痩せることに失敗し、お金と時間を無駄にしたあなたのために、ダイエットで幸せになる方法をお話しします。
 大雑把かつ大胆な業界人の多いダイエットの世界でもこの頃はさすがに、「食べたいだけ食べても、パイナップルの葉の抽出物カプセルを飲めば7日間で5Kgの減量をお約束します」式のものはあまり目にしなくなり、基本的には(色々な理屈はつけているものの)痩せたきゃ喰うなというダイエットの王道に立ち返っているので喜ばしいことです。
食べる量と質を制限して低カロリーの食事にすると生体の反応としては当然のことながら欲求不満になります。この欲求不満に抵抗できず食べてしまうのがダイエットの失敗であると同時に、体のシステムが正常に作用している証拠でもあります。
欲求不満、つまり空腹は、ダイエットをやっていて最も一般的に起こる現象です。血液中のブドウ糖濃度が低くなっていることを検知した視床下部の食欲制御中枢が脳内システム全体を出動させ、「飢えそうだから、早くえさを探して、喰え」という命令を体中に送るのです。飢えを防止するというのは、生体にとって極めて優先順位の高い問題なので、五感を研ぎ澄ませてえさのシマウマなどを探したりするのです。
ポイントはこの「五感を研ぎ澄まし」というところにあるのです。今の社会ちょっと歩けばコンビニなどがあり別に五感を研ぎ澄まさなくとも飢えないのですが、そこは何十万年と培ってきた「食い物は自分で探す」という本能で、たかが百年や二百年の文明開化ではこのシステムはびくともしないのです。さて話を元に戻して、五感を研ぎ澄ますことと幸せになることにどのような相関関係があるのでしょうか。それは幸せは本質的に満足度が向上するその動きそのものだからです。例えば同じ千円をポケットから見つけたとして、それぞれの人のおかれた状況によって幸せ感は大きく異なります。千円そのものの絶対的な価値ではなくて、当人の置かれていた主観的状況に対してその千円がどう作用するかということに幸せ感は直結するのです。主観的状況と書いたのは、本人の感受性が大きく作用するからです。世の中にはとても感受性の鈍い人がいて、というかこの頃とても増えてきて、本当ならばとても感謝したり喜んだりしてもいい場面なのにクールに喜びを顔に出さない、心身症でアレキシシミアというのがありますがあれに近い、こんな例によく遭遇します。これは喜怒哀楽の情動のセンサーが鈍化して、「五感が曇っている」のです。つまり、今そこにある幸せが見えないのです。「よく見ればナズナ花咲く垣根かな」という排句
がありますが、垣根の中のナズナに気がつかずに通り過ぎてしまうヒトにはナズナの花を見た時のほっとするような幸せ感は感じられないのです。
ダイエットにより眠っていた本能に揺さぶりをかけて、五感を研ぎ澄ますと今まで見えていなかった周りの幸せが次々に見えてくるのです。先ずは空腹感でいっぱいのときに食べた満足感、快適な身の回り、炎天下でも律儀に花を咲かせるベランダの松葉ボタン等々の再発見、幸せな気分になるのには事欠かないのです。これも全部あなたがトライして失敗したダイエットによってもたらされた贈り物なのです。失敗してもかまわないという気持ちでとにかくダイエットをやりましょう、空腹感を感じる為に。それであなたはもっと幸せになれるのです。