(前回からのつづき)
「とりあえず止まった・・・」
そして今自分は生きている。
「あぁ~、やっちゃった」
それが最初に思ったこと。
身体を起こすと激痛が走った。
「うぉ!痛て~」
「左手が動かない…」
見ると足は両足とも膝から下が雪に埋もれている。
「まずは気持ちを落ち着かせないと…」
水を飲もうとするもザックのサイドポケットにあるはずの水が無い。
どこかに飛んでいったのだろう。
右手でザックを開けて、中から予備の水を取り出す。
それを飲んでとりあえず落ち着く。
「俺、滑落したんだよな」
「俺、遭難か?」
「というか遭難だろうな、この状況なら」
足は雪に埋まったままビクともしない。
スマホを取り出して見ると当たり前だけど「圏外」
慌てて「ココヘリ」がザックから取れていないかを確認する。
「良かった無くなっていなくて…」
登山計画では下山は14時。
そこから下山連絡がなく家族が心配するのは夜になってからだろう。
明日朝になればさすがにヤバいと思って警察に連絡するはず。
登山計画は共有されているので早ければ明日、この山域を捜索するだろう。
「ということは早ければ明日1日、最悪でも2日間かな」
天気は回復してこの先は晴天の予報だったはず。
ザックを開けて持ち物を確認。
防寒着、レインジャケット、エマージェンシーシートはある。
ツェルトは持ってきていない。
けど寒さはこれでしのげるだろう。
水はプラティパスに残っている600mリットルほど。
食べ物はおにぎり1個、ミニクリームパン1個、チョコレート。
ヘッドライトもちゃんと点灯するか確認した。
「これで最悪の事態は回避できるだろう」
そう思うと落ち着いてきた。
けど左手が痛くて動かせないのはやっかいだ。
マジで痛い。ちょっと動かすだけでも激痛だ。
「たしかファーストエイドにロキソニンがあったはず」
すぐにそれを飲んだ。
左肩をよく見ると変な形になっている。
「肩を脱臼したみたいだ」
右手で足のまわりの雪を掻き出す。
なかなか足が出てこない。
ようやくシューズが見えてきた。けれども足が抜けない。
もう遭難の覚悟をしたから慌てることはない。
少しずつ確実に雪を掻き出した。
まず右足を雪の上に出すことができた。次は左足…。
雪を掻き出しながら祈った。
「足は無事でありますように…」
両足が出たところで立ち上がってみる。
「うっ!」
右足が痛い。けれども骨折はしていなさそうだ。
足首も捻っているようだけど左手の痛みがひどいので感じない。
「立てる!」
「歩ける!」
「これは下山できるかも」
もう、それだけで嬉しかった。視界が一気に明るくなった気がした。
すぐさまスマホで現在地を確認する。
とてもじゃないけど、落ちてきた斜面を登り返すことなどできない。
「っていうか、この状態じゃあ、登ることすら無理だろう」
地図を見るとこのまま尾根に平行して下りて行けばルートに戻れそうである。
(GPXログより)
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このログを見る限り滑落したのは高さ50mほど。
時間的には10秒ほどだったのだろう。
けど恐ろしく長い時間、滑り落ちていた気がした。
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時刻は午前11時20分。
時間は十分にある。下山することを決意した。
ザックは右肩だけで背負う。左手はお腹のあたりのジャケットを掴む。
ぶらぶらさせるだけで痛いからだ。
右手でスマホを持ち、地図と現在地を確認しながら歩きだす。
ルートのない雪の森の中を進む。
スマホがなければ絶対に進む方向は分からない。
地図とコンパスを持っていても正しく判断できたかどうか…。
ここ最近は地図もコンパスも持ち歩いていない。
紙の地図は2日以上の縦走のときだけ持つようにしている。
こういう状況だとホント、スマホが命綱。
バッテリー切れは生死に関わってくる。
スマホを見ると残量は80%ほど(おそらくそのくらいだったかと)
背面には使い捨てカイロを貼ってあるのでそれほど減りは早くないはず。
もちろんモバイルバッテリーは持っている。
気持ちは「早く行きに通ったルートに戻りたい」
少しでも安心したかった。
それほど時間もかからず見覚えのあるところに出た。
「良かった。これで下山できる」
けれども目のまえは登り斜面。
「そういえば、そうだった…」
身体的、気力的にも登れる気がしない。
再びスマホを見ながら、行きに通っていないところを歩きだす。
地形的にはトラバースできそうである。
そこがどんなところか?不安しかない。
(つづく)
動画「三上山 ~近江富士に登る~」公開
YouTubeチャンネル:としの山行記
