物を探したことがあるだろうか。
それも徹底的に。
物を探す熱量は、無くしたものの価値で決まる。
10000円の財布を探すには、10000円以下の熱量で
1000円の財布を探すには、1000円以下の熱量で
500円の財布に至っては、探しすらしない人も少なくはないだろう。
人は価値によって行動を変えていく。
毎週水曜。俺は探しものをする。それも他人の物の。
趣味じゃない。
仕事だ。
どんな業態にもお得意様がいるように、当然探偵にもいる。
(仮名)アキエさん。92歳。毎週水曜の依頼人だ。
知り合ったのは半年ほど前、もともと依頼人であった訪問ヘルパーの職員を介して知り合った。
アキエさんは小田急沿いの大きな一軒家に娘と一緒に住んでいる。
ある日突然その娘から連絡が入り
「母が探偵さんに物を探してほしいと言ってるんですが、これがまた厄介で。。白の手ぬぐいをなくしたらしいんです。」
「手ぬぐいですか、、」
「そうなんです。でも母はそんなもの元々持ってない気が、、」
無いものを探すには熱量もクソもない。
が、極力仕事は引き受ける主義なので渋々引き受けた。
後日アキエさんから手ぬぐいについて話を伺った。
どうやら、数年前病死した旦那さんからもらったものらしい。
アキエさんの旦那さんは末期のガンだった。
花柄がついたどこにでもあるような白い手ぬぐい、旦那さんが逝く直前にアキエさんに向けて贈り、その日からというものアキエさんは肌身離さずその手ぬぐいをもっていた。
らしい。
娘さんに確認すると手ぬぐい意外の話は本当らしいが、手ぬぐいに関しては娘さんも心当たりがないと。
心当たりがないなら探すしかない。もらったか、もらってないかは別として。探してくれと言われたら探す。
それ以上でもそれ以下でもない。
それから毎週水曜日は手ぬぐいを探し、結果をアキエさんに報告する。そしてアキエさんとしばしの談笑。
「探偵さん、今日は良い茶葉が入ったのよー」
とアキエさんは言うが、毎回同じ茶葉を出してくる。
最初のうちは気を使って新鮮味を醸し出すが、日を追うごとに慣れてくると
「自動販売機のほうがうまいよ」
などという冗談も言えるようになった
俺にとって毎週水曜はそんな日だった。
アキエさん夫婦がよくいっていた喫茶店、プロポーズされた公園、その他諸々。
アキエさんの不確実な記憶を元に血眼になって探した。
近くのデパートへ出向き、花柄の白い手ぬぐいに手を伸ばしかけたのも1度や2度ではない。
それを踏みとどまらせたのは、俺とアキエさんを繋ぐ案件をそんな形で終わらせたくはなかったからだ。
見たことも、触れたこともない手ぬぐい、それがいつしか
前にどこかで見たような、大切に使っていたような、そんな身近で遠い存在へと変わった。
ある水曜の夕暮れ。
「手ぬぐい見つかったらどうするの?」
俺はアキエさんに言った
「そうねー。主人に預かっといてもらおうかしら」
「預かる?」
「そう。あたし忘れっぽいからすぐ無くしてしまうじゃない?だからしっかり者の主人に預かっといてもらうの。どうせあたしもすぐにあっちへ逝くから。それまで、ね」
「旦那さん、あっちで浮気してないといいね」
「そうねー。探偵さんに浮気調査お願いしようかしら。調査のためなら天国まで行ってくださるの?」
「交通費はもらうよ」
「あら、商売上手」
それから2日後、娘さんから連絡が入っていた。手ぬぐいのことで何か分かったのかと思い、すぐに電話を娘さんに繋いだ。
「昨夜、母が亡くなりました。」
景色が歪んで見えた。
閑散とする街並みが幾重にも重なり、ゆらゆらと舞いながら俺を覆い始めた。
老衰。
そんなことばで片付けられないほど、アキエさんの死は俺にとっては重かった。
それから数日たって
旦那さんの実家があった佐賀県に、アキエさんが眠っていると娘さんから聞き、直ぐに佐賀へ出向いた。
いっぱいの花束で色付けられた墓石の下には、アキエさんと旦那さんが安らかに眠っている。
俺は起こさぬように静かにしゃがみこみ手を合わせた。
墓に手向けられた様々な品のなかに古びた一升瓶が置いてあった。恐らく旦那さんが生前愛した酒だろう。
なんの変哲もないただの一升瓶だが、一点だけ違う。
何かが結びつけてある。すっかりくたびれて、黒ずんだ布が、しっかり結びつけてあるのだ。
一升瓶に手を伸ばし布を凝視すると、
墓に手向けられた立派な花束よりも、ひときわ小さく可憐に咲く花がそこには咲いていた。
あの手ぬぐいだ。
もちろん今始めて目にするものだったが、感覚的にそう悟った。
探し物が見つかった。
というより、旦那さんが持っていた。
恐らくアキエさんがこの墓に一升瓶を供えたとき、瓶にくくりつけたのだろう。
いつまでも一緒だという意味を込めて。
「預かってもらうの」
アキエさんの言葉が蘇った。
雨の日も、風の日も、凍てつく冬の日も、
旦那さんは持っていたのだ。愛する人に返すまで。
きっとアキエさんも
「あなたが持ってたの?早く言ってくれればいいのにー」と
ほっと胸を撫で下ろすだろう。
そんな二人の心をつなぐ純白の愛はどんな花よりも美しく咲くのだ。
初めて見る佐賀の空は、前から知っていたような、どこか懐かしい気分になった。
手ぬぐいを握りしめる拳は小刻みに揺れ、心の奥に閉じ込めていた感情が一気に溢れだし、瞳から流れ始めた。
「水曜日が寂しくなる」
そう呟いて、俺は手ぬぐいで瞳を覆った。
探し物をしたことがあるだろうか。
それも徹底的に。
物を探す熱量は、無くしたものの価値で決まる。
そして
無くしたものの価値は、見つけたときの心で決まる。