春の息吹に湧く下北沢。








「で、引き受けんの?どーなの?」




依頼人、(仮名) 岩田れいこが仏頂面で俺を睨み付ける。



「警察に協力してもらうのがよろしいかと、、」







「いや、とっくに行ってるし。それに相手にしてもらえなかったからこうやって探偵に頼ってるんでしょ?」








岩田れいこの大胆かつ正確な連射口撃は
二日酔いで弱りきった俺の胃を確実に捉える。







「てかあたし探偵とか生で初めて見たんだけどやばい」





れいこの同僚 (仮名) 江口リカがすっかり冷えきったカフェオレをティースプーンでかき混ぜながら言う。





ジャズが心地よく流れる落ち着いた雰囲気の喫茶店は、鼻から突入してくる猛烈な彼女らの香水の臭いのせいでいかがわしい店に姿を変える。特に俺のとなりに座るリカの香水は、なんとも濃厚で、嗅げば鼻のなかに鬱蒼なジャングルが広がるようだった。
たとえがあっているかはどうかは割愛する






二人はキャバクラ嬢。彼女ら曰く、よそのキャバクラと比べリーズナブルなのが売りであると。
そのため客との距離感も近く、履き違えた馬鹿がストーカーになるケースも少なくはないらしい。
今回のれいこの場合がそうだ。



キャバクラ嬢とは
理想と現実を知らせる職業だ。






「自宅もばれてるっぽいしー、このままじゃけっこうヤバめなわけ。引っ越しも考えたんだけどいろいろ面倒でさー。。」



引っ越さないともっと面倒なことになる







と、応戦を試みようとしたが言葉を飲んだ。


「この仕事好きだからやめたくないしー。探偵さん早く取っ捕まえてぶっ殺しちゃってよ」




「ぶっ殺しはしません。見つけ次第警察に連絡させていただきますので、」




「なんか、探偵ってあれだね。中途半端だね。」



「中途半端?」


「だってせっかく捕まえたところで警察の手柄になっちゃうわけじゃん?それってなんか、、情けなくない?」

  

返す言葉が出なかったのが激しい頭の鈍痛のせいだと信じたかった。
れいこの言葉が的を得ていることに気づかぬフリをして、お前らに何が分かる、と自分を正当化するしかなかった。








「リカさんはお困りのことはないですか?」




リカに話をふることでれいこからの口撃からなんとか逃れた。


「あたしはだいじょーぶ。れいこよりブスだし。人気ないしー。ほらあたしブラジリアン柔術やってたからストーカーされてもだいじょーぶ」








ん?
































号外号外



キャバクラ嬢がブラジリアン柔術師、、


かわした先に待ちうけていたのは女版ホイスグレイシーだったとは予想だにしなかった。


それよりも、グレイシーが横にいながらなぜ探偵を、、




「うちがこの仕事はじめたのは、リカが誘ってくれたからだしー!マジ感謝してんのよー」





「そんなことないって、、ねぇねぇ探偵さん!こんど遊びにくれば?サービスするよー?」




「じゃあ、護衛を始めるのが今夜からということで。
期間は、、とりあえず1週間で」



 

「はーい、よろしく~」






「情けない」というれいこの言葉





香水の臭い






ブラジリアン柔術






彼女らが喫茶店に残したものは
二日酔いを患う瀕死の探偵には、あまりにも重すぎた。
そして、この3つのキーワードがさらなる危機を引き起こすことになるとは探偵はまだ気づいていなかった。




比較的華奢な体で黒ずくめの格好。大きめのマスクをし、ニット帽を深く被った人物。れいこにつきまとう犯人の特徴だ。
ストーカーの典型的な格好だ。これほどわかりやすい格好をしてくれれば見つけるのも簡単だ。



だが数日たっても犯人は姿を現さず
俺は冷たいアスファルトに立ち尽くし、ネオンに照らされる華やかな店をただひたすら見つめるだけだった。

れいこが店から出てきてから自宅へつくまで尾行を試みるがそれらしき人物は現れず、あっという間に1週間が過ぎた。







「前はもっと頻繁に現れてたんだけどね~。さすがに警戒したかな」


「まぁ出てこないに越したことはないですけども、、」


「さすがにびびったっしょ?犯人も」



「そう、だと良いんですけど」


「じゃあさ、もういいよ。探偵さん。中止中止」


「中止、ですか?」

犯人をぶっ殺そうと息巻いていたれいこにしては恐ろしく物わかりが早いものだ。
というよりも、何かを悟ったような表情が見てとれた。

だが、中止と依頼人に言われれば素直にそれを聞き入るしかない。
何かの胸騒ぎに駆り立てられ奔走するほど探偵はカッコいいものではないのだから。







それからさらに1週間が経過し、別の調査に励んでいた。
ペット探しだ。長年飼っていた柴犬が逃げてしまったらしい。あの忠実で有名な柴犬が逃げてしまうのだから見つけたところでまたきっと逃げだすだろう。
などというひねくれた妄想に蓋をし、見覚えのある土地まで探しにきた。れいこの自宅付近だ。



夕刻前。れいこが出勤していく姿が見える。






そして、黒ずくめの華奢な人物がれいこの後ろをついて歩いている。






どうする?探偵



警察に連絡するのが妥当だが



















「情けない」


あのときのれいこの口撃が、





滑車につっかえていた錆びた釘をぶっぱなし、滑車が高速で回転を始めた。





気づいたときには黒ずくめの人物の肩に手をかけ


「ストーカーだな。」

と、声をかけていた。






鼻から突入してくる香りに覚えがある。


「探偵さん、そいつ、、」







れいこが声を出したときにはすでに俺の鼻の中には鬱蒼なジャングルが広がっていた。






知っている匂い





黒いフードが風で靡き、その素顔が明らかになった。






ストーカーの正体は紛れもなく、





リカだった。



なぜ、、



という感情が追いつくのを待たずに、リカから鉄拳が飛び出した。

俺は宙に浮き


ざらついたアスファルトへ倒れ込んだ。



すかさずリカは俺を固める。






ああそうだこいつ













ブラジリアン柔術師だ。





骨は叫びを上げ、全身に雷が走る。



「悔しかったの、、!」

リカがこの日初めて口を聞いた。

「れいこはどんどん人気になるし、あたしなんか目に入らないほどキラキラしてるんだもん」


「わかってたよ。リカだって、、」


「え?」



「だっていっつもその香水だし。匂いで分かるし。
あたしがリカの誕生日にあげた香水だし。」



「、、、うん。ごめん。あたし、最低だね」


「もうなにも言わなくていいから」



この間、俺がブラジリアン柔術師に関節を極められていることなど彼女らが知り得る暇がないことは明確だ。







次の瞬間病院のベッドの上にいたことに気づいた。
点滴がシトシト落ちていく傍らで、リカとれいこが大音量で話しているせいで、ここが病院であることの理解に苦しんだ。あのときの喫茶店のように。


れいこが俺が目覚めたのに気付き



「ほらリカ、起きた起きた」

れいこがリカの肘を2度たたく
リカがハッとし、




「ごめん。探偵さん、痛かった?」




言いたいことは山程あるが



俺が寝てる間に彼女らに何があったのかは


マスカラが滲む二人の4つの瞳が
教えてくれた。


それを悟り俺はコクリと頷くだけだった。




面会時間が終わり

見舞金と称してもらったキャバクラのサービス券は
素朴な病室には似つかない
華やかな色々を放った。



二人が病室から出ていく、














鬱蒼なジャングルには


2匹のアゲハ蝶が飛んでいる


2匹は寄り添い合いながらも


ボロボロに傷ついた羽を不器用ながらに動かし


揺々と


ネオンが光るジャングルの奥地へ


飛んでいく。





キャバクラ嬢は
理想と現実を知らせる職業であるならば


探偵とは
理想の現実を見せつける職業である。


少しだけ違って見えるが
だいぶ違う。


詳しい違いはまたこんど











消灯の時間だ。